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「はあ……」
自室に戻った氷高は、ベッドに座り込みうなだれ、暗くため息をついていた。
契のことを、傷つけてしまった。彼が突然「俺が俳優だったら?」などと尋ねてきた理由は不明だが、そこで無意識に天樹カレンと比べるような発言をしてしまった。プライドの高い契だ、あの発言は相当傷ついただろうと氷高は自戒する。
しかし――……氷高は、何も契が天樹カレンよりも劣っていると思っているわけではない。そもそも、演技をしたこともない契と天樹カレンを比べることなどできなかった。ただ、氷高は契が俳優となることに抵抗を覚えてしまったのである。だから、うっかり契のことを拒絶するようなことを言ってしまった。
だって、契が俳優になんてなったら。女優、作品によっては男優とベッドシーンをするなんてこともある。さらに、グラビアとして契の裸体が大衆の目に晒される。考えただけで胃が千切れそうになって、むかむかする。もしも契が本気でその仕事を目指したいというのならそれを止める気はないが、ただ氷高としてはそういった強烈な嫉妬が生まれてしまうため、あまり応援したくない。
そもそもなぜ契は、あんなことを尋ねてきたのだろう。天樹カレンと自分を比べて、何の意味があるというのか――
「……?」
契のことで悶々と悩んでいた氷高であったが、視界の端で光ったスマートフォンの画面に気付く。誰からかメッセージが届いたようだ。
「……『こんばんは。天樹カレンです。今日は氷高さんにお会いできてうれしかったです。』……?」
メッセージの送信者は、『天樹カレン』。氷高はメッセージを一通り読み、そして――頭に大量の疑問符を浮かべる。
なぜ、あの天樹カレンからメッセージが……? そもそもこれは本物の天樹カレンか? 出会い系サイトに誘導しようとするマツジュンからのメールのようなものだろうか。そうだ、天樹カレンからメッセージがくるわけがない。これは偽物――
『突然のメッセージすみません。氷高さんのことは真琴さんからたびたびお話を聞いていたので、今日お会いできてとてもうれしくなってしまいました。今度、一緒にご飯にいきませんか? 氷高さんともっとお話ししてみたいです』
「……ほ、本物」
芸能人から個人的にメッセージがくるなどありえない、そう思った氷高であったが、真琴の話がでてくるといよいよ本物じみている。メッセージの内容をみても、これは本人からのメッセージだろう。おそらく、真琴の連絡先から氷高のIDを辿ったのだろうが……まさか、こんな内容のメッセージがくるなんて。
氷高は猛スピードで思考を巡らせた。このメッセージの意図についてだ。この内容は――いつもならば、俺に好意を持っているからデートに誘ってきた、と氷高は判断している。しかし、相手は芸能人。普段から美男に囲まれ、時には告白なんかもされているかもしれない、女優である。そんな彼女から、好意を寄せられるなどありえない。ただの挨拶のようなメッセージに違いない、他意などない――氷高はこのメッセージをそう判断した。
では、なんて返信しよう。契がいる以上、意味もなく女性とデートなどしたくない。しかし……彼女は、真琴と仲が良い。そんな彼女からの誘いを断っていいのだろうか。真琴の仕事に響かないだろうか。
『こんばんは、天樹さん。私も、天樹さんにお会いできてうれしかったです。お食事のお誘い、ありがとうございます――』
悩み、悩んで。
これは、真琴さまのため――氷高はそう自分に言い聞かせて。
『――是非、ご一緒させてください』
氷高は、天樹カレンと、デートの約束をしてしまったのだった。
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