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「なんだかすっごく変な気分」
氷高が天樹カレンとの関係をはっきりさせるであろう今日が、契が莉一のマンションに世話になる最後の日である。たまたま仕事が休みだった莉一は、最後の日を契と共にすごすことになったのだが……その過ごし方に、少々参っている様子だった。
契が、「一緒に映画のDVDを観よう」と言い出したのだが……その映画というのが、莉一の主演作品だったのである。自分が出演した作品を知り合いと共に一緒に見るのは、面はゆいものがあるものだ。しかもその映画の内容は、ラブストーリーである。
「契くん、この映画知ってるの?」
「……話題になっていたのは知ってます。詳しい内容はあまりわからないけど」
「だよね。女性向けだし。でも、だったらなんでこれ観たいって思ったの?」
「……莉一さんが出ている映画をみてみたくて。俺、莉一さんの演技、好きなんですよ」
「……えっ」
契がこの映画を観たいと思った理由をきいて、莉一はドキッと胸が高鳴った。
全くの素面の状態の契が、ここまではっきりとした好意を他人に伝えるというのは珍しい。あまり聞けない契の素直な言葉に、思わず胸が躍ってしまったのである。うっかり抱き寄せそうになったが、それは寸でのところで我慢した。
「俺、氷高のご主人さまなのに、演技もできないから……俺が目標にしている人の演技、観たいなあって」
「……まだその話引きずっているの? 契くんは役者じゃないんだから、演技する必要ないでしょ。違うことで一番になればいいと思うけどな」
「いや、俺、演技でも一番になります。俳優目指そうかな」
「ええ……」
契はソファに寄り掛かり、じっとテレビを見つめながら静かな口調で話す。
結局、氷高のためか……とドキリとした自分が恥ずかしくなったが、莉一は契の横顔に心がざわめくのを覚えた。
契の顔が、本気だったのだ。本気で、俳優を目指そうとしている顔だった。
たかが一人の執事のために自分の夢を決めようとしている契に、莉一はゾッとしてしまった。ただ、氷高が仕えるのに相応しい主人になりたいからという、それだけの理由で。
契くらいの歳ならば、俳優という職業に憧れて本気でなりたいと夢を見るのはおかしいことではないだろう。しかし、契は母親が大女優で、俳優という職業の重さを知っている。今まで俳優になりたいと思ってこなかったのは、それを知っていたからだろう。それでいて俳優になりたいという夢を持ったということは――本気で、目指しているということだ。
「俺が一番の俳優になって、世界で俺の名前を知らない人がいなくなったら……俺、氷高の隣に立てるかな」
「……」
入り込めない――莉一は思った。
世界的に有名な俳優になるというのは、もしかしたら死ぬよりも辛い道をゆくことになるかもしれない。それと引き換えに手に入れるものが、たった一人の執事でいいのか。まして、本当に一般人の、ただの執事。
不器用な恋、なんて言葉では片づけられない、そんな想いのように思った。二人の間に、障害なんてないのに。お互いに、まっすぐに向き合えばすぐに繋がれるのに。それなのに、人生のすべてをかけてようやく隣に立つことだけを願う。莉一には、理解し難かった。
「契くん。あまり、僕から色々言えないけれど。一個だけ、言わせてね」
「……はい?」
「大切なものを、失わないように。君の隣には、もう、君の大切なひとがいるってことを、忘れないで」
「……? はい」
契も氷高も、お互いの想いが純粋であることは知っている。だからこそ、莉一は二人の行き過ぎた想いも否定はできない。しかし、彼らのゆく道が険しすぎるものであることは知っているから、素直にその背中を押すことができないのだった。
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