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 天樹カレンとのデートの日を、氷高はそれはそれは緊張して待っていた。  女性の扱いに慣れていないわけではないが、カレンほどの女性となるとどう接したらいいのかわからない。そもそも自分に好意を持っている女性とデートをするのが久しぶりのため、どういった行動をとればいいのかと悩んでいたのだ。  しかし。氷高は、当日――全く違う悩みを抱えることになる。 「氷高さん、鳴宮 絃さんとドイツ一緒にいったんですよね! FBみましたよ! あ~写真とてもかっこよかったです! そ、それから! 真琴さんに見せてもらったんです! 普段の氷高さんの写真! あんな風に笑うんですね……! もう、私のスマホに保存しちゃいました!」 「……か、カレンさん。俺の写真なんてみても何も、」 「何言ってるんですか! 私、お仕事中の氷高さんしか見れないんですよ!? それも、外に出ているときだけ! 普段は見ることのできない氷高さんの写真……プレミアじゃないですか、プレミア! こんなものお金も払わないでみていいのかな……!」 「あ、あの、写真ならいくらでも撮っていいので、変なことはしないでください」 「えっ、とっていいんですか!!!!!!!!!!!!!!!!!」  ――アイドルにはまった女子高生か!  叫びたくなるのを堪えて、氷高は冷静に笑顔を取り繕っていた。  莉一から「久々に好きな人ができた」とカレンが言っていたということを聞いていたので、もっと慎まし気な恋心を見せてくるのかと思っていたのだが……カレンはその斜め上を言っていた。想いを寄せてくる女性をうまくあしらうシミュレーションをしてきた氷高は、まさかこんな形でカレンがぶつかってくるとは思っておらず、どう対応すべきかと目を回してしまう。  そもそもこれは「恋」なのか。ドルオタの間違いじゃないのか。っていうか普段からアイドルやら俳優やらに囲まれているカレンがこんな一般人に熱狂している意味がわからない! ――予想外すぎる展開は、氷高の鬱々とした気分すらも吹っ飛ばしてしまっていた。 「あの! ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか!」 「はっ……! ひ、氷高さんから私に質問……!? ど、どどどどど、どうぞ……」 「カレンさんは俺とお付き合いしたいんですか?」 「ンァア!?!?!?!?!!?!??!!」 「カレンさん!?」  とにかく、彼女の想いをたしかめたい。そのうえで、きっぱりと彼女の想いを跳ねのける。そう思い立った氷高は直球な質問をしたのだが――その瞬間、カレンはカッと顔を赤くして、がくんと思い切りうつむいてしまった。ぎょっとした氷高がおそるおそる彼女の顔を覗いてみれば……なんと、彼女が鼻血を出している。 「こ、興奮して鼻血を出す人が本当にいるとは……」 「ご、ごめんなさい氷高さんが私にき、きき、キスしてくるところを妄想したら、なんか……」 「なんだかすみません……」 「うう、……すみません、氷高さんとお話できている現実が信じられない……夢みたい……氷高さん、こういうのってなんなんでしょう。お付き合い、なんて申し訳なさ過ぎて無理なんですけど、どうしようもなく氷高さんのことが好きで……遠くから見ていたほうがいい、けど、……でも」  氷高はカレンにハンカチを差し出しながら、彼女の涙が浮かぶ目を見つめていた。  こういってはなんだが、ドン引き、している。それでも、なぜか彼女のことを無碍にできない。  相手の姿を見ることができただけでうれしい、写真が欲しくなってしまう、付き合いたいような申し訳ないような……この気持ちを、知っている。 「カレンさん……それは、」  ――思いっきり俺だ。  契のことが好きすぎて、でも好きすぎるから恋心を持つこともできない。相手がドン引きする勢いで、相手のささやかな日常を知りたがる。これは、少し前の氷高である。  それに気づいた氷高はいたたまれなくなって、思い切りため息をついた。  契さまはこんな気持ちだったのか――……  なまじカレンの気持ちがわかってしまうため、彼女に否定的な感情を持つことができない。しかし、今まで自分は契にこんな想いをさせていたのかと思うと――申し訳なさすぎて、頭が痛くなってきた。

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