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――ついに、天樹カレンとのデートの日がやってきてしまう。氷高はあれから一度も契に会えないままにこの日を迎えてしまったため、その心の内はデートどころではなかった。契に会えない時間は、莉一の気遣いによって与えられたものではあるが……その時間はかえって氷高にとって苦痛だった。  なぜ、彼女とのデートを断れなかったのか。あの時の自分は何を血迷ったのか。真琴と彼女との繋がりとか、そんなまわりくどいことをなぜ思い浮かべてしまったのだろう。  ――どうせ女なんて俺のことをそういう目で見るに決まっているのに。あんな誘い、さっさと断るべきだったんだ。 「――氷高さん?」 「……っ、」  ぐ、と薄暗い霧が心に広がって――その瞬間、氷高に誰かが声をかけてくる。ハッとして声がした方へ視線をむければ、そこにいたのは待ち人であるカレンだ。 「考え事をしていたんですか? 疲れた顔をしているみたいだから、声をかけるのを少しためらってしまいました」 「……いえ。すみません、なんでもないんです。お久しぶりです……カレンさん」 「はい、お久しぶりです、氷高さん」  一瞬頭に浮かんだ暴力的な思考に、氷高は愕然とした。女性を貶すような考えを一瞬でも頭に浮かべてしまった自分に、氷高はショックを受けたのだ。  眼鏡をかけて、いつもと違う化粧をしたカレンが、氷高ににっこりと微笑む。彼女はこの日を楽しみにしていたのだろうか、そう思うと氷高は申し訳なさでいっぱいになった。心の中で、彼女の想いを足蹴にしてしまった。悪いのは彼女の誘いを断れなかった自分自身なのに、行き場のない後悔の念に苛まれ、彼女にあたってしまったのだ。 「いきましょう、氷高さん。私、すごくお腹すいちゃった」 「……はい」  契のいない日々は、確実に氷高の心を崩していた。  契を傷付けてしまった、契に謝らなければ――そんな自責の想いは、氷高に冷静を取り戻させるどころか氷高の精神を壊してしまっていたのだ。

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