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 慣れないセックスをして疲れてたせいか、契はかえって寝つきが悪かった。すっかり夜も深まった深夜二時、ふいに目を覚ましてしまう。 「……」  氷高は、静かに眠っていた。  契は、氷高と一緒に寝ることが増えてから、気付いたことがある。彼は、かなり寝相がいい。物音ひとつ立てずに寝るものだから、その寝姿はまるで人形のようだ。  だから、契はこんな行動に出てしまったのかもしれない。 「……綺麗」  契は体を起こすと、そっと氷高の顔を撫でた。そして、ゆっくりとその髪、頬、首筋、肩、胸……と体に手を滑らせてゆく。  彼が起きてしまうかもしれない、そんなことを考えもしなかった。ただそこに在る、美しいものに触れたいと、そう思った。  契にとって、氷高はこの世で最もまぶしいものだった。美しいものだった。造形、だけでいってしまえば氷高のように優れたものはいくらでもあるかもしれない。しかし、契が触れたくとも触れられないまぶしさを持っているのは、彼だけだった。  契は、彼の魂までには触れることができない。彼が、契にとって最も尊いものだからだ。彼を手に入れたいと思うことが、罪深いことのように思えた。 「氷高――……」  契は氷高の左手をとると、そっと自らの口元に近づける。 「いつか、おまえのここは、俺のものになる」  そして、その薬指の付け根を、ちろりと舐めた。  ――誰にもあげない。誰にも渡さない。おまえが欲しい。  燃えるようなその感情は、一体何なのだろう。彼のために自分の未来すらも犠牲にし、しかしそんな自分の未来に不安は覚えない。彼のために犠牲にした未来は、必ず、闇に堕ちることはない、光へ向かう。その予感が、契のなかで燃え滾っていた。激しい炎のようなそれは、ただの恋と名付けるにはぬるすぎた。  覚悟だった。彼のために生きるという、覚悟。 「待ってて、氷高。俺だけの、執事」  

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