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「契さま。最近……何か、ありましたか?」 「……? なんで?」 「いえ。何か、考えている様子だったので」 「……うーん。まあ、将来のこととか?」 「なにかやりたいお仕事が?」 「……」  今日もいつものように、契は氷高に学校まで迎えに来てもらっていた。しかし、いつもと違うことがある。氷高は普段、運転をしているときは集中して前をみているが、今日はどことなく落ち着かないのだ。バックミラーを見る回数が、いつもよりもずっと多かった。  ただ、なぜそう氷高が自分を気にしてくるのか、契は心当たりがあった。最近は、よく周りの人から「ぼーっとしている」と言われてしまう。誰の目から見てもわかるくらいに、最近の契はぼんやりとしていることが増えている。氷高がそれに気づかないわけもなかった。  契が、何をそんなに物思いにふけっているのかというと。  言うべきか、黙っておくか……契は悩んだが、その答えが出る前に、車は目的についてしまう。 「今日って、母さんは……」 「たしか、バラエティの撮影だったと思います」 「ふうん」  車がついたのは、とあるテレビ局だ。今日も、氷高は契と共に真琴も迎えにいくことになっていたらしい。   「あ、来た」  車が到着して間もなく、真琴はやってきた。しかし、一人ではない。スタッフや共演者と思わしき数人の者たちと一緒に歩いてくる。  その中にいた人に、契は思わず「あ」と声をあげてしまった。莉一と、そしてカレンがいたのだ。 「……氷高。カレンさんが……」 「……まあ、ここで隠れるわけにもいきませんから。契さまはこのまま待っていてください」 「うん……」  つい先日まで嫉妬心を燃やしていた天樹カレンやら、氷高と会わせたら面倒なことになりそうな莉一やら、このまま氷高を車の外へ出していいものかと思ってしまったが、それはどうすることもできない。氷高は執事として、真琴のことを迎えなくてはならない。  氷高は車から降りると、真琴に向かって頭を下げる。真琴はいつものように太陽のような笑顔を浮かべ、莉一はにやっとなにやらいやらしい笑みを浮かべ。そしてカレンははっと戸惑ったような表情を見せる。スモークの貼られた窓ガラス越しにそれを見ていた契は、たった一人の執事がなんでこんなにあの面子を揺さぶっているのだと、半ば面倒な気持ちになってしまった。 「お疲れ様です、真琴さま」 「悠維くん~! お疲れさま!」  氷高は鮮やかな手つきで真琴をエスコートすると、車の扉を開けた。その瞬間だ。当たり前なのだが、先に乗っていた契が、外から見えてしまった。契は「げっ」と思いつつも、とりあえずはと頭を下げる。莉一とは少し話をしたいとも思ったが、真琴の息子である自分があまり芸能人と慣れ合うのもイメージがよくないだろうと、なるべく気配を消そうとしていた。しかし。 「あっ、契! そうだ、契! ちょっと、車下りて! 島津さんがね、契と会ってみたいって言ってたのよ! ちょっと挨拶して!」 「えっ!? あっ、ちょっと……母さん……!」  真琴は契に気付くなり、契を車から引きずり下ろしてしまう。ふらつくように契が車から降りれば、島津と呼ばれたふくよかな女性がきゃあと黄色い声をあげた。  どうやら、島津という女性は番組のスタッフのようだ。真琴と仲が良く、真琴がたびたび話題にあげる契のことが気になっていたらしい。毒気のない女性で、契は彼女と話すことには何も抵抗はなかったのだが……気になったのは、島津の横に立つ、カレンの視線だった。 「……契さん」 「――えっ? あ、はい」  カレンはしばらく契のことを見ていたが、とうとう声をかけてきた。契は、カレンが自分に対して声をかけてくるなんて思ってもいなかったし、極力彼女のことは視界にいれたくないと思っていたので、声をかけられた瞬間ひゅっと心臓が縮むような感覚を覚えてしまう。  カレンは契と目が合うと、じっと契の顔を観察していた。今日本を轟かせている人気女優・天樹カレンのその美貌でそこまで見つめられては、さすがの契も参ってしまう。 「契さんが……氷高さんの、主人なんですよね?」 「え? そ、そうですけど……」 「氷高さんの好きな人なんですよね?」 「……。……はい!?」  ――何言っていやがるこの女!  思わず契は叫びそうになった。そして少し離れたところでその会話を聞いていた氷高も、せき込みすぎてむせてしまっている。  なぜそれを知っているんだということよりも、その発言をここでしてしまったことがまずい。ここにいるメンバーは、番組スタッフを含め殆どが氷高のことを認識している。氷高が、真琴の息子である契のことを想っているなど知れたら、かなり面倒なことになってしまう。

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