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「かっ、カレンさん。今のは、誤解を招きますよ、ほら、契さまも戸惑って――」
「氷高さんにとっての一番ってことは、間違いないでしょう」
「そ、そうですが!」
「氷高さん、契さんの話をするときにすごく愛おしそうな顔をするんですもの。色々察知してしまいますよ、私。氷高さんが好きでたまらないって話していた人って、氷高さんの主人だったんだって。「契さま」っていう人なんだって」
「いや、ですから」
さすがの氷高も焦ったようである。いくら契のことを盲目的に愛しているとはいえ、場所が悪すぎる。真琴の子で、しかも同性の契のことを、執事が愛しているなどと、そんなことバレたりしたら。
しかしカレンはそんな氷高の誤魔化しすらも跳ねのけて、ずいっと契に迫ってきた。あわてて氷高が彼女を止めようとしたが、間に入る前にカレンは契のすぐ前までやってきてしまう。
「私、氷高さんに振られましたけど、まだあきらめたわけではないんです」
「……、え、いや……俺に言われましても、」
「いえ、貴方に言います」
――そんなことここで言っていいのか!?
この女、もしや馬鹿だな。そう契が気付くのに、時間はいらなかった。カレンが氷高のことを好きだったという事実を、彼女は自分の口からここで言ってしまったのである。周りが芸能関係者であるからまだいいものの……この浅はかさでは、これからスキャンダルを起こしまくるのではないだろうか。
契は思わず呆れてしまった。半ば引きながら、彼女の顔を見つめ返す。
「私、貴方よりも魅力的な女性になってみせます」
「……え?」
「日本一の、女優になります。見た目も、そして心も。誰よりも美しくなって、氷高さんのことを見返してやるの!」
「――……」
きゅ、と唇を結び、カレンは契のことを睨み付けてきた。
まさか、彼女からライバル視されるとは思っていなかった契は、一瞬ぽかんとしてしまう。周りの人たちも、しんとしてしまって、どうしようもない空気である。
耐えかねた莉一が困ったように笑って契とカレンの間に入ってきた。キッと契のことを見つめているカレンに穏やかに笑って見せると、契から引き離そうと彼女の手を取る。
「か、カレンちゃん。それはいい志だね。でもそこの執事のために掲げる夢じゃないと思――」
「――その覚悟で俺から氷高を奪えるとでも?」
「……契くん?」
しかし――それを遮るように、契が前に出た。
契の言葉には、莉一も――そして、氷高もびっくりしてしまう。
「氷高は自分の夢を投げうってまで、俺のそばにいたいって言ってくれた。だから、俺もそれと釣り合うための覚悟が必要だって、ここ最近、ずっと考えていた」
契はじっとカレンを見つめ返す。そのまなざしに、カレンはひるんでしまった。言葉がでなくなったのである。幾度となく演技の中で、俳優たちの鋭い眼光を浴びてきたはずの、天樹カレンが、だ。
契は静かな声で話し始めると、徐々にその表情を変えてゆく。カレンからの宣戦布告に戸惑っていた表情から……凛とした、浴びれば足が竦むような空気を醸し出す、そんな表情へ。
「俺は、氷高に相応しい男になる。俺は――スターになる。世界一の俳優になる」
「……なっ、」
「俺と氷高を奪い合うなら、世界を舞台にしよう。カレンさん」
――あたりが静まり返る。カレンも、莉一も。そして、真琴も氷高も。さらには契を初めて見る、番組スタッフでさえも。
彼らは、契の発言に驚いたのではない。「無謀だ」と呆れたわけでもない。
畏怖したのである。まだ芸能人になってもいない、ただの高校生の妄言のようなその発言を、まるで近い未来のことのように感じてしまったのだ。
「……っ、前言撤回! 私も、世界一になります! 私も、世界一の女優になってみせる! 負けません! 私は……私は、氷高さんのお嫁さんになってみせるんだから!」
「カレンさんが世界に来る頃には氷高の苗字は鳴宮になってますから」
「わ、私が先! 私の苗字が氷高になるほうが先!」
固まる空気のなかで、契と、むきになったカレンだけが騒いでいた。真琴の息子と鳴宮家の執事の関係、そして真琴の息子による「スター」宣言。何もかもが衝撃的すぎて、そこにいた者たちはそれをすぐに呑み込むことができなかったのだ。
「……ねえ、悠維くん」
「あっ、は、はい……! 真琴さま、」
「……スターを支える執事って超激務だけど、大丈夫?」
「……はい?」
「それから、スキャンダルには一番気を付けないとね。間違っても路上ちゅーとかは厳禁よ」
「まっ、真琴さま!?」
しかし、そんななかいつもの調子でいる者がひとり。
真琴である。
誰よりも動揺している氷高に、いつもと変わらない様子で話しかけてきたのだ。
「いやっ……あの、真琴さま……!? お、俺……その、契さまと、」
「大丈夫よ」
「何がです!?」
「悠維くん、私の知っている男の中で三番目にいい男だもの。まだまだ青いけどね、契のことを幸せにする力は十分にもっていると思うの」
「いや、そういう問題では……」
「二番は、絃さんよ。うふ」
「そういう問題でも……」
「――一番は、契」
「……。」
にこにこと笑っている真琴をみて、氷高は思う。この親にして、この子あり。昔は、この女性からなぜあのような尖った子が産まれるのだろうと思っていたが……この親子、恐ろしいほどに似ていた。
肝が据わっている。視線の先に、世界がある。
「――それは、同感です」
契についていくということが、彼と共に世界にいくということだと知った氷高は、自分はすごい相手に恋をしてしまったと笑ってしまいそうになった。
氷高は気付いていない。
ここで笑うことのできた氷高もまた、すでに普通ではないのだということに。
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