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第1話

「今日こそ!貴方を捕まえてみせますっ」 中型船の船首に仁王立ちし、剣を前に突き出して、海軍将校・シラキ中尉は大声を出した。 汚れひとつない白い将校服に、白いマントが海風にはためく。 前方の海賊旗を掲げる船を剣で指し示し、部下達を振り返る。 「さあ、行きますよ!」 一方、海賊船の船尾の手すりに頬杖をついて、海賊船長テラサキはそんなシラキを穏やかな微笑みで眺める。 オフホワイトのオープンフロントネックのTシャツに、黒いスラックスというラフな出で立ちに、立襟の黒いマントが風になびく。 「熱心だな、シラキ中尉」 緊張感のかけらもなく、楽しそうにシラキに話しかける。 「僕は貴方を絶対捕まえると決めたんです!」 そう大真面目な顔で叫ぶシラキを見ると、くすくすと笑いだす。 「アンタになら捕まってやってもいいんだが、クルーが嫌がるんだ」 「また!僕をからかって遊んで!」 顔を赤くして、シラキが憤慨するとテラサキは楽しそうに笑う。 「からかってないんだが」 「船長!いい加減にしてください!」 後ろから切羽詰まった声で呼びかけられ、テラサキはゆっくりと振り向いた。 「シラキ中尉を甘く見ないでください。現にこうやって追い詰められてるんですから」 クルーの中で最年長の、いつもなら穏やかな表情を浮かべているアイカワが、額に汗を滲ませテラサキを睨みつけてくる。 「甘く見てはいない。優秀だぞ、シラキ中尉は」 「はいはい、船長のお気に入りだもんね」 少年のような風貌の小柄な少女ヤマサトが呆れたようにテラサキの隣に立ち、シラキに手を振った。 遠くでシラキが「あ、ヤマサトさんまで!」と怒っている声がした。それを見ながらヤマサトも楽しそうに笑う。 「ほんと!抜けてそうなのに、毎度毎度、よく追い詰めてくれるわ。てか、なんでいつも私達をこうも簡単に見つけちゃうのかしら」 全て丈が短く、露出の多い服装をしたユカリが、うんざりしたような表情で長い髪を手で梳いた。 「今回は完璧なはずだったのにね」 ほかのクルーが長袖に長ズボンという出で立ちなので、ユカリの服装は違和感を生む。 「まさか、船長。中尉に構って欲しくてリークしてるなんてことないですよね」 「自力で見つけて来るんだ、仕方ないだろう」 テラサキもシラキを振り返る。 シラキは部下たちになにか大声で指示を出しながら、テラサキ達を睨みつけてくる。 シラキのふわふわとした髪が、さらにふわふわと潮風に揺れる。 「あの髪が可愛いと思わないか?」 テラサキが呟くと、船は静まり返った。 「………そろそろ、本気で逃げよう。船長」 ずっと腕組みをして黙っていたムラサキが呆れて言葉を発した。 「まだ、いいだろう」 ちょっと眉を寄せて発したテラサキの返事に、アイカワとユカリが顔を見合わせて肩をすくめ、ムラサキの元へ足早に向かった。 「行きましょう、ムラサキさん。船長は今、使えません」 「ほんと、中尉がらみだと途端に使えなくなるんだから」 ヤマサトはそんな二人を追いかけながら、楽しそうに言った。 「でも僕も、中尉、嫌いじゃないよ」 そんなヤマサトを苦笑いで振り返りつつ、アイカワが答えた。 「それは我々も同じですよ」 「船長ほどじゃないけどね」 船が速度を上げ、シラキの船と距離が開いていく。 「くそ!また…」 なんとか風を予測して追い詰めようとするのに、いつももう少しというところで距離を開けられてしまう。 一度距離を開けられてしまうと、なかなか詰めることが出来ない。 微妙な風や波の変化に柔軟に、かつ迅速に対応してくる。 海賊船も小回りを生かすためか、船長の格の割に小さい。 かといってシラキ側も小型船にしてしまうと装備で心許ない。 遠ざかっていく船尾でテラサキが手を小さく振っているのが見えて、シラキはじたんだを踏んだ。 「もう~~~!」 大陸よりも点在する島々を足した面積の方が多い世界。 当然のように海賊が幅を利かせている。 そもそもが不安な治安と貧富の差が激しい格差社会が賊を生む。 治安改善にと組織された海軍は、海では絶対的存在。 根底の改善より、力で押さえつけようという政府の方針に逆らう者も少なくない。 それがますます賊を生む。 イタチごっこな世界。 シラキはその救いようのない世界で、賊か海軍かの二択の中、海軍を選んだ。 貧しい育ちながら必死に勉強し、海軍将校までやっと登ってきた。 世界を正すため。 約束を果たすために。 船を海軍島へつけると、シラキは部下に後を任せて一人降り立った。 また逃げられた。 いつもいつも逃げられるので、行動を予測して先回りしてるし、今日は不意打ちもかけたのに。 「なんで捕まえられないんだ!」 思わず声に出して、ぎゅっと拳を握った。 「また逃げられたのか」 振り向くとかつての上司、カワニシ少尉が大声で笑っていた。 シラキが階級を追い越しても、変わらず優しく接してくれる。 シラキ自身も階級を抜きにして、先輩として慕っていた。 「今回はうまくいくと思ったんですけどね」 二人で並んで歩きながら、カワニシは豪快に笑った。 「あのテラサキだぞ。海軍が何年追ってると思ってるんだ。お前みたいなひよっこに簡単に捕まえられてたまるかよ」 「それは、わかってるんですけど」 シラキが海軍に入る前から、テラサキは海賊として名を轟かせている。 たった5人の小さな海賊。 それほど凶悪な事件を起こしているわけでもない。 なのに海軍はずっとテラサキとそのクルーを重要視してきた。 そして今だに誰にも捕まえられない。 シラキは将校に昇格した直後にテラサキと対面して、それからずっと追いかけていた。 理由は、海賊だから。 と、無理にこじつけていることは自分でも自覚していた。 わからないのだ。 なぜ、捕まえたいのか。 追いかけているのか。 ただ周りや部下たちには海賊だから、といい続けている。 もう数年追い続けているので、今だに成果が出せないことに時々上官からいびられる時もあるが。 それでも海軍が彼らを取り逃がし続けている期間よりずっと短い、とシラキは開き直っている。 「そういや、お前聞いてるか。明日の作戦」 カワニシがシラキの肩を掴んで声を潜める。 「聞いてますよ。それで呼び戻されたんです」 呼び戻されなければ、そのままテラサキを追って別の海域に入るつもりだった。 大げさに溜息を吐く。 「わざわざ別の海域にいる下士官呼び戻さなくったって、ここにはいっぱいいるのに。なんで僕だったんですかね」 「あ、なんだ、しらねぇんだな」 カワニシが少し驚いた顔をした。 「何をですか?」 「作戦の指揮官がお前を指名したって話だぞ」 「…誰ですか、それ。僕、上官に知り合いなんて」 いないし、高評価を得ていないことも知っている。 「例の幼馴染だろ?」 「…ミズタか…」 「俺も詳しくは知らないんだけどな。俺も指名されてるから、間違いないな」 「…あいつ…」 カワニシと連れ立って訪れた海軍支部。 すれ違う上官には敬礼をし、下士官とは敬礼を交わす。 シラキはこの海軍島が好きではなかった。 本部でもないのに海軍兵が集まってくる。 そして島にある街を我が物顔で歩き、住民達を脅かしている。 海軍に逆らうな。 住民達はお互いにそう注意し合っている。 まるで、海賊。 だから、シラキはいつもここには指令を受けたり報告する以外では近づかないようにしていた。 奥まった部屋で、重い扉を開けると数人の海軍士官が集まっていた。 カワニシと共に一番奥へ入り込み、こっそりと座った。 見渡した中に幼馴染の姿はない。 「起立!」 やがて現れた上官に全員で立ち上がり敬礼をする。 バラバラと席に座り始めると、上官が軽く咳払いをしてから話し始めた。 内容は奴隷商人組織の摘発。 海軍島から約1日の行程の島に巣食っている奴隷商人組織のアジトを攻めるという内容だ。 斥候になぜかシラキとカワニシが指名された以外、大した作戦でもない。 噂の幼馴染の姿も見えない。 シラキの船とカワニシの船はすぐに出発して、奴隷商人のいる島を調査することになった。 「調査には諜報部の少佐が同行する。少佐とは港での待ち合わせだ。以上」 また起立、敬礼。 そして解散。 「…指揮官ではないみたいだな…」 カワニシがぼそりと呟いた。

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