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1-1:桜舞う出会い
桜舞う校庭を窓越しに見ている。どこかもの悲しく思える光景にふと足を止めた私は、教科書を持ったまましばし見惚れていた。
新学期が始まって少し。未だ校内は慌ただしく、慣れない生徒が右往左往している。それを毎年見ながら、時に「廊下を走るな」と声をかけつつ内心は微笑ましく思っている。
そんな彼らもまた、夏休みを過ぎる頃にはすっかり落ち着いてこの聖白鳥高校の生徒らしい凛とした顔をするようになる。
それが待ち遠しいような、何処か寂しいような気がしている。
教師となって数年。ようやく新米から脱したが、まだケツの青い未熟者。
せめて規範となるよう日々を過ごしているが、その分生徒にも求めてしまう。
「廊下を走るな」「服装が乱れている」と細々口にするうちに、生徒達は私の事を「鬼教官」などと呼ぶようになった。
だがそれに目くじらを立てることはない。そうして巣立った生徒達はみな、立派にそれぞれの世界で生きているのだから。
終業のベルが鳴る。次の授業は一年生だったか。
私は賑やかになり始める廊下を進み、階段を上る。その途中、ちょうど踊り場で、私は足を止めた。
私の前には踊り場の壁に背を預け、スマホを操作する生徒がいる。
明るい桃色のふわふわとしたマッシュボブ。大きな瞳はスマホへと注がれている。
親指姫。その人物像に相応しい愛らしさの小柄な少年は、春の花のような可憐さも秘めて見える。
「おい」
「!」
私が声をかけてようやく、彼は私の存在に気がついた。大きな瞳が更に大きく見開かれ、咄嗟にスマホを背に隠した。どうやら校則は分かっているらしい。
「校内でのスマホ使用は禁止のはずだ」
「あの、白鳥先生。これは……」
「出しなさい」
「もうしませんから!」
必死な彼の名札を確認する。一年の三咲悠は、愛らしい瞳で私を見上げてくる。だが依然、スマホは背に隠したままだ。
私は溜息をつき、持ち歩いている棒状の鞭で彼の右手を指した。当然、こんなものを大事な生徒に振るう事はないが、私は威厳がないらしく持つ様にしている。
「出しなさい」
再度口にすると、三咲は諦めたように俯いて右手を出す。
彼の手からスマホを受け取った私は、それをジャケットの隠しに入れた。
「すみませんでした」
小さな声ながらも素直に謝る三咲を見て、私は頷く。
彼らは親元を離れて、厳しい校則の下で新たな生活をしている。不安に思う者も少なくはないだろう。
しかも私の場合「白鳥に校則違反が見つかると一発停学」などという根も葉もない噂がある。
余計な不安を与えてしまっただろうか。
俯くばかりの三咲に、私は出来るだけ穏やかに微笑む。元からあまり表情豊かな方ではないが、それでも今は精一杯の笑みを浮かべている。
「他の先生には言わない。放課後に、取りに来なさい」
「はい……」
反省している様子で小さく俯く三咲は、顔を上げようとはしなかった。
また、生徒に嫌われてしまったか……。
自分の不器用さに多少辟易としながらも、私はそれ以上何かを言うことはしなかった。
なぜなら始業のベルが鳴り、生徒達が慌てて教室へと向かっていくからだ。私も授業がある。
「三咲、教室に戻りなさい」
「はい…」
トボトボと戻っていく三咲の背を見送りながら、私もまた授業へと向かうのだった。
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