5 / 350

*** 「ばっか、次移動教室ってこと忘れてたのかよ! はやく!」 「ごめん、話に夢中になってたらすっかり」  沙良とそのクラスメートである結月(ゆづき)は、必死になって廊下を走っていた。三限目、次の授業は移動教室だ。沙良の一番楽しみにしている授業でもある。  特別講師を招いての、実践的な授業。裁判官・淺羽(あさば) (かい)が学校にきてくれて、生徒たちに直接魔術を教えてくれるという、なんとも有意義な授業である。 「淺羽先生、優しいから遅れても大丈夫だって~」 「遅刻とか失礼だろ!」 「沙良ちゃん真面目~!」  淺羽は、沙良が最も尊敬する先生のひとりだった。裁判官としても権力を持っている人物で、こうして養成学校の生徒に授業をしてくれるだけでも非常にありがたい話である。人柄もよく、教え方も上手で、沙良は彼の授業を一番大切にしていた。  なんとかチャイムがなる前に教室には入ったが、後ろのほうの席はほとんど埋まっていた。仕方ないと思いつつ、沙良と結月は一番前の席につく。 「よう、おはよ~!」  チャイムが鳴るとほぼ同時に、淺羽は教室に入ってきた。脳天気なこの挨拶をしながら入ってくるのが、なんとも彼らしい。淺羽は飄々とした性格をしており、そんなところも生徒に人気があった。 「あれ、一番前に座っているのは……副会長くん」 「えっ、ご、ご存知でしたか!」 「そりゃあね。一年で生徒会にはいれるのなんて……波折以来でしょ?」  うおおおお! なんて、目を輝かせる沙良の頭を、淺羽はくしゃくしゃと撫でた。沙良にとって裁判官は憧れの存在。そのなかでも淺羽は一番の人物だった。  そんな彼に、自分の存在を知られていたことが嬉しかったのだ。 「じゃあ、副会長くん。宿題の答え、黒板に書いてくれる?」 「は、はい!」  がば、と立ち上がった沙良を、結月はぽかんと見つめる。ぱたぱたと揺れるしっぽが見える……なんて、そんなことを思っていたのだった。

ともだちにシェアしよう!