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生徒会の活動が終わって、沙良はゆっくり帰る準備をするフリをしながら、他のメンバーが帰るのを待っていた。波折に淺羽からもらったチョコレートを渡すためである。べつに皆の前で渡してもよかったのだが、波折と険悪な仲にあるとなんとなく勘付かれているなか渡すのは気恥ずかしい。それに波折にだけ渡すとなると、他の人に悪い気がしたのだ。
「あ、あー、そうだ波折先輩」
みんなが帰ったところで、沙良は思い出したように声をあげる。だいぶわざとらしいと自分でも思ったが、この際しかたない。
「えっと……チョコレートもらったんですけど、いりませんか?」
「……ごめん、チョコレート苦手なんだ」
(あ、アレー!?)
ズバ、と断られて沙良は思わずツッコミをいれたくなった。まじかよ、と頭のなかで毒づきながら、そういうときはもらうだけもらっておけよ!と苛々する。ツンとした顔で帰る支度をしている彼のせいで、チョコレートを持った手の行き場を失ってしまい、冷や汗を流しながら沙良は呟く。
「そ、そうですか。残念だな、淺羽先生が高級チョコくれたのに」
「……淺羽先生?」
「そうですよ、これ。ゴッチの高級チョコ」
妙に興味を示したような反応をした波折に、沙良はチョコレートを差し出してみる。波折はじっとそれをみつめて動かない。
「きっと波折くんも喜ぶよって淺羽先生が。あの人優しいから、きっと疲れている波折先輩に……」
「……そ、そっか。じゃあ……もらうね」
波折が、チョコレートを受け取った。
高級チョコレートと言ったらうけとるとは……現金なやつめ、と沙良は波折を睨みつける。波折はしばらく受け取ったチョコレートをみつめ、黙りこんでいたが、やがてちらりと沙良を見つめる。
「……えっと……ごちそうさまでした、って淺羽先生に言っておいてくれる? 俺からも言うけど……神藤君からも」
「ああ、はい。……食べないんですか?」
「えっ」
チョコレートをポケットにしまいこもうとしている波折に、沙良はなんの気なしに尋ねてみる。そうすれば、波折はぎょっとした顔をして、もういちどポケットから手をだした。
「い、いただくよ。うん……」
波折はかすかに震えながら、そう言った。そして、悩んだようにチョコレートをみつめたかと思うと、自分の鞄に手を突っ込む。取り出したのは、水の入ったペットボトルだった。
(……ん? もしかして流しこむつもりかな……)
包み紙を剥がして、じっとチョコレートを見つめる。片手にペットボトル、もう片手にチョコレート。どうみても、流し込む準備をしている。
「そ、そんなにチョコレート苦手なんですか、……あ」
そこまで無理して食べなくてもいいのに……と、沙良が止めに入ろうとしたが、遅かった。波折はチョコレートを口の中に放り込むと、水で一気に流しこむ。ちゃんと噛んだのだろうか、喉につまらせてないだろうか……そんな心配をしてしまうくらいに、波折は即座に飲み込んだ。
「あ、あの……無理、させちゃいましたか……?」
「い、いや……」
悪いことをしただろうか……そう思って沙良が波折に近づくと、波折は沙良に背を向ける。そして沙良にから離れていって、壁に片手をついた。どうしたのだろう、沙良が近づいていってみると、波折の呼吸が少し荒い。俯いて、口を抑え、どこか苦しそうにしている。
「だ、大丈夫ですか、波折先輩……!」
「……、」
「も、もしかしてアレルギーとか……」
様子がおかしい。心配になって沙良が波折の腕をつかむと――ものすごい勢いで振り払われた。顔をあげた波折の顔は、赤い。いよいよ彼の容態が危ない、沙良がそう思った瞬間、波折は沙良の手を強く掴んで、ずんずんと歩き出した。
「えっ、ちょ、痛ッ……! 波折先輩、なにする……」
沙良は引き摺られるようにして、生徒会室の出口まで連れてこられる。そして波折は「でていけ」と言わんばかりに、沙良を外へ追いやろうとした。
「ま、待って波折先輩……」
しかし、こんな様子の波折を置いて、一人帰るわけにもいかない。沙良は出口のところで踏みとどまると、ぐいぐいと自分を押してくる波折を抱きとめるようにして向かい合う。
「ちょ、ちょっと……大丈夫ですか、保健室……保健室、いきましょう!」
「だめ……それは、だめだ……いいから、でてけ……!」
「どうしたんですか! じゃ、じゃあ……そこのソファにでも横になって、ね?」
意地になって自分を追い出そうとしてくる波折は、明らかに普通の様子ではない。かたかたと震え、汗をかき、全身を赤くして、息を荒くして……みているこっちが不安になってくるような、そんな様子。外へ追いだそうとする力も、そこまで強くない。
「あ……」
沙良が生徒会室にあるソファに誘導しようとしたところで、波折はずるずると座り込んでしまった。身体を丸めるようにして、今にも泣き出しそうな呼吸音をあげている波折が心配になって沙良も一緒にしゃがみこむと、波折が消え入りそうな声で言う。
「お願いだから……でてって……」
「波折先輩? 大丈夫ですか? もしかして気持ち悪い? 吐く? 大丈夫ですよ」
「大丈夫、だから……でてって……神藤、くん……」
もしかして嘔吐感がこみあげてきて、吐くところを見られたくないとか? しきりに「でていけ」と言ってくる理由を沙良なりに考えて、沙良は波折の身体を抱くと、背中をさすってやる。
「あ、っ……あ、……まって、……神藤、くん……それ、だめ……」
「えっ……余計気持ち悪い? え、本当に大丈夫ですか、」
「はなれて、……だめ……」
「……波折先輩」
もうどうしたらいいのかわからず、沙良はとりあえず波折を抱きしめた。波折はもう沙良を押しのける気力も残っていないのか、ぐったりと沙良に身をあずけてくる。沙良は腰を下ろして、扉に背をつくようにして波折を抱きとめた。はーはーと激しい呼吸をする波折の身体は熱くて、ヒヤヒヤしてくる。チョコレートを食べさせようとしてしまった自分が悪いようなものだから、尚更だ。
「ん……、ぁ……」
しばらく、その体勢でいる。波折の容態は回復することもなく、彼はときおりもぞもぞと身動いで、沙良の胸に頬をすりつけるような仕草をした。よしよしと頭を撫でてやると、「ん……」と小さな声をあげてぎゅっと抱きついてくる。
(んー……こうしていれば可愛いな……不謹慎だけど)
波折はいつもの威圧的な態度は全くなくて、自分に甘えるような仕草をしてくる彼をどこか可愛いと、沙良は思ってしまった。優しく抱きしめて、ぽんぽんと撫でてみる。ぴくん、と揺れる彼がどこか愛おしい。猫でも抱いている気分だ。
「……しんどう、くん」
のそり、と波折が顔をあげる。その顔をみて、沙良はぎょっとしてしまった。
とろんとした瞳が熱っぽく、潤んでいる。紅潮した頬、伝う汗。薄く開かれた唇。妙に、艶かしいと……思ってしまったのだ。
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