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燃えるような赤に染まっていた空は、案外あっさりと夜の色に移っていった。半分が青になっていて、赤と混ざって不思議な雰囲気を醸し出している。そんな空をぼんやりと見上げながら歩いていた波折は、ふ、と吹いた風にぴくりと震えた。柔らかい風で自分の体に染み付いた沙良の匂いがふわりと浮く。ベッドやソファで彼に抱かれて眠ったときのぬくもりを思い出して、波折はひとつ、まばたいた。
「……!」
そのとき、ポケットに入っていたスマートフォンが震える。なんとなく、誰がかけてきたのか波折は察した。画面に映る発信元の名前をみて一瞬、出るのをためらった。しかし、無視はしない。
「……はい」
「もしもし、波折。今どこ?」
「えっと……外に」
「ああ、もしかして神藤くんの家に泊めてもらったのかな」
「……あ、あの……すみません、すぐ帰るので、」
「いいよいいよ、怒ってない。でも早く帰っておいで、波折。俺もおまえの家にいくから」
いつのまにか波折は立ち止まって会話をすることに必死になっていた。スマートフォンを持つ手は、どことなく震えている。
「――たくさん、愛しあおうね、波折」
空からは赤が消えかかっていた。夕日は……消えていくのが早いのだと、波折はぼんやりとそう思う。光が消えてゆく空を見上げていると、なんとなく心が落ち着いた。沙良の家でみたあのまばゆさに覚えた苦しさとは、全く違う安心感。
「……はい、ご主人様」
一言、電話の向こうの相手を呼んだとき――自分には光は似合わないのだと、そう思った。
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