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電車を降りて、駅から波折の家に向かうまでの道中で。学校から駅までの間に比べると人通りが少ないということもあってか、鑓水は波折と手を繋いだ。波折は少しだけびっくりしたが、とくに態度として反応を示さなかった。
「波折」
「ん?」
「あのさ、しばらく一緒に行動しよう」
「……うん?」
「登下校とか、あと休日も」
「……いいけど」
秋の夜の、透明な寒さが仄かに身体を撫ぜる。冷たい空気のなかで、繋いだ手だけが暖かい。
波折はちらりと鑓水の表情を窺い見る。不安に満ちたようなその顔に、先ほどの電車での彼を思い出す。
「……言いたくないなら、言わなくていいけど……さっきの人のこと、教えてよ」
「……俺の、兄貴だよ」
「……なんでそんなに怯えるの」
「……あいつが、俺を憎んでるから。俺から何もかもを奪おうとする」
鑓水の瞳に闇が落ちた。少しだけ、繋がれた手が強張っている。あまり考えたくないことなんだろうな、と気付き、そしてそれでも話してくれようとする鑓水を励ますように、波折は繋いだ手に軽く力を込める。
「……俺、意味もなく優秀な子だったからさ。親も周りも、俺のことばっかり褒めるんだよ。特に俺の親なんて、子供を近所に人たちに自慢するのが大好きな奴らだったからさ、まるで兄貴をいない人みたいに扱った。俺ばっかり可愛がった」
「……」
「俺の兄貴はさ、俺さえいなければそんな風に扱われなかったって思い込んで。俺に全てを奪われたって思って。俺のこと、すごく憎んでるんだ」
「……逆恨みじゃん」
「まあ、そうだけどさ。ただ憎んでるだけなら俺が我慢すればいいだけなんだけど……」
鑓水が立ち止まる。どうしたのだろうと鑓水のほうをみて、波折は「あっ」と声を出しそうになった。恐怖に怯えきった顔をしていたのだ。波折が心配そうにしていることに鑓水も気付いたのだろうか。ふ、と泣きそうな顔をしながら笑った。
「……家に帰ったらちゃんと話すよ」
「……うん」
そういえば鑓水とちゃんとそうした話をしたことはほとんどなかったな、と波折は思った。それほどに自分たちの距離はいつの間にか近くなっていて。他の人に好かれないような態度を今までとってきたのに、これじゃあ無駄になってしまう。鑓水が沙良ほど分かりやすい好意を向けてこないせいで、波折も油断してしまっていた。
でも。今更そんなことを思ったところで、もう遅いのかもしれない。こうして心の内に入り込んで行くことに抵抗がないくらいには、波折も鑓水に関心を抱いてしまっていたのだから。
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