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***  夏になると、この町では花火大会が開かれる。町の掲示板にチラシが貼られると、棗はいつも真っ先に鑓水のもとに飛んできて、「一緒に行こう」といってくるのだった。  小学校のときは、親と一緒に来ていた。中学にあがってからは、ふたりきりで来るようになっていた。 「けいちゃん、まって」  浴衣を着た棗は、いつもよりも綺麗だった。彼女が歩くと、結われた髪の毛と、金魚の尾のような帯がひらひらとゆれる。屋台の光に照らされて、まるで星空を泳いでいるように見えた。 「おせーよ歩くの。ほら」 「えっ?」 「離れたら面倒だから。手、つなごう」 「……うん」  慣れない下駄を履いた棗は、人混みに揉まれて歩きづらそうにしている。鑓水が手を差し出せば、彼女はふわりと顔を赤らめて、嬉しそうに微笑んだ。  自分よりも小さくて柔らかい手を、鑓水は優しく掴んでやる。棗のわたがしを食べる速度が、遅くなっていた。ふわふわとした白いそれを、唇がゆっくりとはんで、淑やかに溶かしてゆく。ほんの少しのそんな動作も、棗は恥ずかしがるように、鑓水の目から逃げるように、小さくやっていた。  花火が始まる時間になると、皆一気に河原に集まった。二人も流れに身を任せて、河原まで歩いてゆく。 「わあ」  夜空に、光が散る。鳴き声をあげて光が空へ登って行って、きらきらと花を咲かせる。儚く消えてゆく光の残骸を蹴散らして、また次の花、そしてまた次の。  前に座っていたカップルが、うちわに隠れてキスをしていた。棗はそれを見つけてしまって、ぱっと顔を伏せる。ちらりと、隣で花火を見上げる鑓水を見つめる。光に照らされた横顔を、ただ、じっと見つめた。  手を繋いでいるだけでも、幸せだった。棗は、これ以上彼を見ていたら想いが溢れてきてしまうからと……鑓水から目をそむけ、空に咲く光を目を細めながら、みつめていた。

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