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「あっ……」
昼休み、何日かぶりに沙良は屋上へ訪れる。そうすれば先にいた波折が沙良をみて、きゅ、と眉を寄せた。泣きそうな顔だった。この数日間沙良が屋上に来なかったのが、相当に寂しかったようだ。再び屋上に来てくれて、本当に嬉しかったのだろう。ひとときの間失っていたものが戻ってきて、波折はきらきらと顔を輝かせながら沙良を出迎える。
「沙良っ……」
「波折先輩、」
自分を見ただけでそんなにも嬉しそうにする波折が、沙良には酷く愛おしく感じた。波折のそばまで寄っていくと、彼を抱き寄せて唇を奪う。
「んっ……」
「可愛い……先輩……」
短いキスだった。しかし、唇を離すととろんとした顔で波折は沙良を見上げてくる。もっとキスして、と言っているようなその顔は、沙良を煽る。しかし、沙良は襲い掛からずに波折の隣に座った。
「……ごはん、食べましょ」
「……ん、」
とりあえず、お腹が空いた。ごはんを食べてから波折のことを愛でようと思って、沙良は買ってきたパンの袋をあける。
青空が、きらきらと輝いている。そんななか、沙良と一緒にごはんができることがとにかく波折は嬉しかった。やっぱり、青空は綺麗で清々しい空気も気持ちいい。二人でいると屋上って本当にいい場所だ。波折は無言で沙良に肩を寄せて、こっそりと微笑む。
「……先輩」
「うん……?」
「今週の日曜日、空いていますか?」
「うん……空いてる」
「……その日、家に誰もいないんです」
「……」
ちら、と波折が沙良を見つめる。頬がほんのりと上気していて瞳はうるうると輝いていて。沙良の言葉を待つその顔は期待に満ち溢れている。
「うちに来て。先輩」
「はい……」
「先輩。いっぱい、愛していい?」
「……はい」
家で沙良に何をされるのかを察した波折はかあっと顔を赤らめる。本当に可愛いなあ、なんて思って沙良は波折の肩を抱き寄せた。
しばらく、ぽつぽつと会話をしながらごはんを食べていた。くったりと沙良の肩に頭を乗せながらゆっくりとごはんを食べている波折は、すっかり懐いてしまって愛猫のようだ。時折指先で波折を優しく撫でると彼は、はあ、と吐息をこぼして身じろぐ。自分にぞっこんなその様子に、沙良はドキドキとニヤニヤが止まらなくて大変だった。
「先輩……」
「ん、」
「俺、先輩に幸せになってもらいたい」
ご飯を食べ終えた様子の波折の手を、にぎる。そうすれば波折はぴくりと顔をあげて、沙良をじっと見つめた。至近距離で目が合う。沙良は吸い寄せられるように唇を重ねて、手に力をこめた。
波折とのキスは、本当に気持ちいい。好きな人とするキスがこんなにも気持ちよかったんだ、なんて感動しながら沙良は波折とのキスに夢中になった。ここまでくるのに大変だったなあ、なんて。何度も何度も想いをぶつけて、跳ね除けられて。耐えて、耐えて、やっとこうすることができる。波折はもしかしたら自分とは違う想いを抱いているかもしれない。でも、沙良は波折に愛を注ぐことができる、それだけで幸せだった。
「波折先輩」
沙良は波折の手を引いて立ち上がる。そして、波折の手をフェンスに押し付けてやった。不思議そうな顔をして振り返る波折に、沙良は囁く。
「今日、すごくいい天気ですね。空が、綺麗」
「……っ」
言われて波折はフェンスを挟んでの屋上からの景色を眺めてみる。ごちゃごちゃとした町並みは、いかにも学校の屋上から見下ろしたもの、という感じ。そして真っ青な空とさあっと広がる筋雲が美しい。今、高校生であるこの瞬間しかみることのできないような景色に、なぜかきゅっと胸が締め付けられる。音楽室から聞こえてくる管弦楽部の『展覧会の絵』がさらにその不思議なノスタルジーを助長させる。
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