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風呂からあがってきた波折は、おどおどとした様子でベッドに寝転がる鑓水に近づいてきた。鑓水はちらりと視線だけを動かして、波折を窺い見る。風呂からあがったばかりの波折はほこほことしていて可愛い。ただ、今の波折は何かに怯えているようで、少し哀しそうな顔をしていた。……そうだ、さっき苛々を波折にぶつけてしまったから。鑓水は波折がびくびくとしている原因にすぐに思い当たり、頭を掻く。沙良のときに、波折は突き放されることをとにかく恐れるのだと学んだばかりじゃないか、と自戒したのだ。波折は今、自分に突き放されているのだと思い込み、こんなにも寂しそうな顔をしている。ああ、波折になんてひどいことをしてしまったのだろうと、鑓水はすぐに謝ろうとした。
「……慧太。あの……」
「……」
しかし、すぐに別の考えが浮かんできてしまう。波折が沙良に突き放されたとき。波折は沙良のことしか考えられなくなっていた。自分が沙良に依存しているのだとそこで思い知り、そして沙良を受け入れることになった。……同じことをしてやろうか。自分への依存を自覚させるために、一度思い切り突き放してやろうか。
……そうすれば、もっと俺のことを好きになる。「ご主人様」なんかよりも、もっと好きにさせてやる。
「……波折」
「……ッ、は、はい……」
鑓水が波折の名を呼べば、波折がびくっと肩を震わせる。何を言われるのかと、恐れている顔。鑓水は目を細めた。
……そして、はあ、と溜息をつく。
「……おいで。波折」
「えっ……」
「本当に何も怒ってないよ。ごめん、苛々していたから八つ当たりした」
「……ほんとに?」
……ばかか、俺は。好きなやつのことを傷つけてどうするんだよ。
とことこと自分のところへよってきて、ぎゅっと抱きついてきた波折が嬉しそうに笑った。……ああ、可愛い。愛しい。馬鹿なことをしなくてよかった。鑓水は波折を掻き抱いて、肩口に顔を埋める。あんまりにも波折のことを好きすぎて、心に余裕が無くなっていた。そのせいで波折を傷つけようとしていた。大人になれ、自分のエゴで波折を傷つけるな。鑓水は一寸前の自分を殴りたい衝動にかられながら、波折の頭をよしよしとなでてやった。
「慧太……苛々してたって、何かあったの?」
「いや……何もない」
「ほんと?」
「マジだって、ほんと何もない」
波折は鑓水の心配をしてくれているらしい。鑓水は少し罪悪感にかられながらも、更に波折への愛おしさが加速していく。
――どこまでも可愛いやつ。
鑓水は波折にちゅーっとキスをしてやる。波折はぎゅっと目を閉じて「んーっ、」と悶えていた。解放してやれば波折がにこにこと鑓水の次の行動を待っている。よっぽど、自分に嫌われていなかったということが嬉しかったのか。それを感じ取ってしまった鑓水はきゅん、と胸が締め付けられた。
「そんなに俺、怖かった?」
「……ちょっと」
「ごめんな、おまえが違う男のところにいくから嫉妬してた」
「……嫉妬?」
「いや、いーよいーよ、気にしなくて。俺とにかくおまえのことめちゃくちゃ好きなんだわ」
「……嬉しい」
「波折。おまえは? おまえは俺のことどう思ってる?」
「ん? 好きだよ。大好き。慧太のこと、俺、大好き」
「おー、そっかそっか」
波折が楽しそうに鑓水に「好き」と言う。自分の「好き」とは違うんだろうなー、と思いつつも、鑓水は素直に嬉しかった。でももうちょっと甘い雰囲気を求めてしまうのは仕方のないことで。
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