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ひと通り館内を回ったあと、二人はイルカショーの行われる劇場へ向かった。室内で行われるため、雨天でも楽しめるらしい。独特な臭いのする通路を抜けて、二人は席につく。
「なんか波折先輩と一緒に水族館回っていると、不思議な世界にいったみたいだったな」
「不思議な世界?」
「あー……なんていうか、現実から抜けだしたみたいな。きらきらしていて、すごく綺麗だったから」
「……そっか」
大きなプールをみつめ、波折がぼんやりと呟く。まだショーの始まっていないプールはゆらゆらと波紋が漂うばかりで清廉としている。
「……このまま、不思議な世界にいられたらいいのにね」
「波折先輩と二人で一緒にいられたら幸せだな~。でも、みんなに会えなくなるのは寂しいですよ」
「そうだねー……みんなに、」
「波折先輩はきらきらが似合うけど、やっぱりみんなと一緒にいたほうが可愛いです!」
「……別に可愛さはいらないよ」
「そうですか?」
そのとき、スタッフが一人現れて挨拶を始める。場内が拍手に包まれて、一気に賑やかになった。
明るいスタッフの声が響くと共に、プールにイルカが現れる。物珍しそうにじっとプールを見つめている波折をちらりと横目でみて、沙良はこっそり笑った。可愛いなあ、そう思ってそっと手を握れば、ぴく、と波折が振り向く。沙良が(だめですか?)と尋ねるように苦笑いをしてみれば、波折はとくに表情を変えることなくプールに向き直ってしまった。その代わり、繋がれた手が動いて、指が絡められた。
スタッフの挨拶が終わって、いよいよショーが始まる。テレビでみるような輪くぐりや音楽に合わせたジャンプなど、みていて飽きないようなイルカたちの演舞に沙良の胸が踊った。
周りに座っている観客たちが、歓声をあげる。子供の笑い声や女の人の楽しそうなはしゃぎ声、和やかさを思わせる空気に場内は包まれる。
「……」
一瞬、波折が場内を見渡した。眩しそうに目を眇めて、すぐにプールに向き直ってしまったが。
「……沙良」
「はい」
「……楽しい」
「……はい!」
波折の横顔はきらきらとしていた。そう、ずっと沙良は感じていた。きらきら。きらきら。生まれては消えてゆく水の光と融け合う波折のきらきらに、ずっと心を奪われていたと思う。思えば水族館に入ってから「綺麗」だと思っていたのは、美しい魚でも光を纏う水泡でもなく、波折のことだった。
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