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「可織先輩、ご卒業おめでとうございます」
「わー、ありがとー!」
卒業式が終わると、帰っていく卒業生たちを在校生が見送る。それぞれお世話になった先輩に花束やプレゼントを渡したり、写真をとったりと思い思いの時間を過ごしていた。桜の木の下で写真をとっている卒業生が泣きながら抱き合っていたりしている。ああ、本当に彼女たちはここから巣立っていくのか、と思わせるような、そんな光景。
沙良は生徒会のメンバーに花束を配って回っていた。生徒会のメンバーはなかなかに人気で、ファンだったらしい在校生たちが群がっていて近づきにくい。可織も例外ではなく、男子から一緒に写真を撮るように頼まれていたりして、花束を渡すのに時間がかかってしまった。
「あとはあの二人に渡すの?」
「あの二人?」
「あれ」
可織は沙良の手に持たれた紙袋をみて微笑む。紙袋にはふたつの花束。可織の指を差す方を見てみれば、そこには在校生が群がっているエリアがある。
「……あそこにいますね……あの二人」
「撮影会みたいになってるねー。アイドルじゃないんだから」
くすくすと笑う可織に頭を下げて、沙良もその騒がしいところまで向かっていった。
「……」
人だかりはなかなかはけることがなく、沙良はその後ろのほうでじっと待っていた。ちらりと見えたその人の顔に、じりっと焦燥を覚える。ここに群がっている彼女たちのように、一緒に写真を撮りましょうなんて気軽に言えたらいいんだけど、なんて思って。あの二人には、花束を渡して軽く挨拶をしてお別れにしよう、そう思っていた。
しばらく待っていれば、ようやく二人の周りに人がいなくなっていく。そうすれば二人は沙良に気付いたようで、「あ、」と小さく声をあげた。
「――波折先輩、鑓水先輩」
二人のもとに、沙良は紙袋から花束を出して近付いていく。それぞれに花束を渡して、そして一歩、後退した。
「……ご卒業おめでとうございます」
二人を見据え、彼らの「後輩」として挨拶をする。心の中を覗かれないように、無機質な声で。声は震えていないだろうか、瞳は濡れていないだろうか。彼らと本当に決別するのだと思うと、悲しくて悲しくて仕方がないのだという気持ちを悟られないだろうか。
「色々と、お世話になりました。これから先輩方は大変になると思いますが、がんばってください」
目頭が熱い。鼻の奥がツンとなる。ここで耐え抜くべきだ、そう自分に言い聞かせた。こんなところで泣いて、決意を揺るがせて、彼らを動揺させるなんて子供みたいなこと、してたまるか。
「――ふっ、」
精一杯に表情をつくって上っ面の祝いの言葉を連ねて、そうしていると笑い声が聞こえた。
鑓水が、苦笑している。
「俺たちが卒業しちゃって、寂しい?」
「さ、……寂しくなんて、」
「……泣いてるくせに」
「え……?」
ぽろ、と頬を熱い雫が伝う。一瞬、自分で何が起こったのかわからなかった。この瞳から、涙がこぼれたのだと気付くのが、遅れた。
ひとしずく、涙がこぼれると次々と溢れてくる。慌てて目を拭っても、ぽろぽろ、ぽろぽろと。どうしよう、悲しいって気持ちがバレてしまう。この二人を救うために決別したはずなのに、これじゃあ……
「おう、泣け泣け、寂しいんだろー」
「さみしく、な……」
「我慢すんなって、ほら」
優しい「ほら」という声に顔をあげると、鑓水が腕を広げている。その横で、波折が沙良をじっと見守る。そんな二人をみて、ぶわっとあの頃の記憶が蘇ってきた。仲良かった頃の、記憶。あの頃なら躊躇せずに「寂しい」と言って鑓水の胸に飛び込んだだろう。今の自分はもうあの頃とは違う……そう思うのに。たまらず、沙良は鑓水に抱きついた。
「……ッ、せんぱい……そつぎょう、……おめでとう、……ござっ……いま……」
「……まだ高2のくせに全部背負ったような顔してよ。おまえまだ子供なのに。気取ってんなよ」
「だっ、て……だって……」
「いいんだよ、泣いたって。な、神藤」
溢れてくる。たくさんの想いと、優しい記憶。
まだ高校生の沙良に、それを全て抑えこむ力はなかった。大人になろうと、必死に藻掻いていただけでまだ大人になれきれていなかった。今までギリギリ抑えこんできた感情は一気に溢れて出て、子供のようにボロボロとみっともなく泣いてしまう。声をあげて、ばかみたいに、泣いてしまう。
「沙良」
「……なおり、せんぱい……」
ぽんぽんと頭を撫でられて、顔をあげる。そうすれば、波折が優しく微笑んでいる。
――ああ、好きだ。波折先輩のこと、大好きだ。
「せんぱいー……すき……すきです……せんぱいがそつぎょうしちゃうの……さびしい、……」
「うん……俺も寂しいよ、沙良」
まだ小さな少年の肩には重すぎた運命。子供のように泣いて、そして精一杯にした恋を振りきれなくて。
「うわ、すげえ泣き顔! 神藤だっせえ!」
「わらわないで、くださいよ……」
「はは、なあ、写真撮ろうぜ」
「この顔で!?」
「神藤の泣き顔記念~」
顔をあげれば光る青空に、自分は青い春のなかにいるのだと、実感する。まだ大人になりきれない子供であると、思い知る。
「沙良、笑って」
「……はい、」
「沙良、大好きだよ!」
「~~ッ」
舞い散る桜の花びらのなかで笑っていると、永遠にこの時が続けばいいのにと思うけれど。そう願えば時の流れがいつの間にか自分を青春から追い出していて。何もかもが歯がゆい青春時代。大人になろうと思えばなれないのに、子供でいたいと願えば叶わない、そんな激動を生き抜いた少年は――
「俺も……大好きです! 波折先輩も、鑓水先輩も!」
――恋と別れの先に、大人になっていく。
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