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2.贅沢はおやつに入りますか?(公平×浩太)

 贅沢といって思い浮かべるものは人それぞれである。  長い連休を取って南の島でバカンス。少量で高額の食べ物を格式高いレストランで食べる瞬間。ブランドアイテムの大量購入。  反対に、休日にあえて一日中家にいて寝こくる、なんてのもありそうだ。  厳島公平にとっての贅沢もそれに近いかもしれない。 「ばあちゃん、また来たー!」  そう民家に頭を突っ込み声を上げるのは、公平の友人である原浩太だ。駄菓子屋に来るたびにこうして大声であいさつをしないと気が済まないらしい。  というのも、呼ばれたばあちゃんこと駄菓子屋『ウメ屋』の主、梅原梅子はこの店に二人が通い始めた頃はよくおまけをしてくれていた。  すっかり常連となった今でも通用するかはさておき、買い物してるところを見せてあわよくばおまけをしてもらおう、という魂胆なのである。 「そんなでっかい声で呼ばんくても聞こえとるわ!」  浩太に負けじと大声を出す梅子も、浩太に呼応するようにこの決まり文句を言わないと気が済まないようだ。  ただ、子どもを叱るような台詞とはうらはらにどこかしら嬉しそうではある。 「最近はこと老人扱いしおって。わしゃまだ現役じゃあ」 「ハァー? そんな話し方する若者なんていないし!」  浩太は憎まれ口を叩いてばかりいるものの、大声でのあいさつを習慣化したのが梅子を想ってのことだというのを公平は知っている。  寮生活必至の山奥の中学に入学して五年。初めは新鮮なことばかりで楽しかった寮生活も数か月を過ごせば自然と飽きてくる。  そんな中で部活の先輩に紹介してもらったこの駄菓子屋は、学園から徒歩圏内で来れる良い息抜き場所だった。初めて来て以来、部活が休みの毎週水曜日に二人して通っている。  ちなみに三百円でよりよりおやつを選ぶという案は浩太の提案だ。遠足のおやつを選ぶときと選んだおやつを披露するときの、あのわくわく感を再現したかったらしい。  初来店からの五年で公平と浩太が成長したのと同じで、梅子も五年間で当然耳も遠くなり、動きも鈍くなった。  大声で店に来たことを知らせればどこにいても聞こえるだろうし、商品を選んでいる間にゆっくり店頭に来てもらえればいい。あのあいさつにはそんな気遣いがこめられている。  梅子もそれがわかっているからこそ「変な気を回すな」とう意味合いで照れ隠しするのだろう。年齢関係なくツンデレはツンデレだ。 「いや、俺ももう少し音量下げた方がいいと思うぞ」  浩太と梅子の傍目には楽しそうには見えない弾むやりとりを眺めつつ、頭だけを突っ込む浩太の尻ごと公平も店内に押し入る。  生意気な浩太とツンデレ梅子ではやりとりにいつになっても終わりが見えないので、公平が二人を諫めて入店するまでが恒例となっているのだ。 「外にいてもうるさいくらいだから変な奴が店を荒らしてるって勘違いされるかもしれないだろ」 「へーへー」 「ばあちゃんも。あんまり大きい声出すと血管切れるかもしれないし気をつけてな」 「へえへえ」  公平がもっともらしい理由を挙げて注意しても、まったく聞く耳を持たない二人。これで親戚でも何でもないのだから不思議である。  けれど、家族と離れたこの場所で水曜以外もしょっちゅうアイスやおでんを買い食いして顔を合わせる梅子はもはや家族のようなものだ。二人が似るのも無理はない。 「公平もうるさいことだしばあちゃんは座って待っててよ。すぐにおやつ選んじゃうからさ」  ほらほら、と梅子をレジ横の丸椅子に腰かけるよう促して、浩太は小さなかごを片手に店内を物色し始めた。たくさんの駄菓子が陳列された棚の前で屈伸してはああでもないこうでもないと唸っている。  そんな浩太を横目に、公平はレジのすぐ近くの棚から棒状のスナック菓子を一つ手に取った。 「ばあちゃん、座るのちょっと待って。俺もんじゃだから」 「普通のか?」 「普通の。あと今日はこの菓子入れる」  この菓子、と言いながら手に取ったスナック菓子をレジ台にそっと置く。梅子はそれを一瞥もせずに右隅にあるレジキーを押した。 「三百円ね」 「ん」 「はい、ちょうど。んじゃ材料持ってくるから鉄板あっためて待ってな」  三百円をレジにしまった梅子が住居スペースに引っ込むのを見届けて、公平は店奥に一つだけ置かれた鉄板の前に座り慣れた手付きで点火する。  三百円のおやつを買うという名目で、公平はいつも決まってもんじゃを注文していた。  もんじゃは一つ三百円で、本当はそこに菓子は付かないのだが、そこは梅子がしてくれるおまけに甘えている。 「公平はいっつももんじゃだよな」  駄菓子を選んでいる最中の浩太が陳列スペースから声をかけてくる。  幼児目線で陳列された駄菓子が見やすいようしゃがんでいるせいで、鉄板前の丸椅子に座る公平からは浩太の束ねられた前髪しか見えない。 「すぐなくなっちゃうしもったいなくね? 明日食べる用のお菓子買えばいいのに」 「いいだろ、好きなんだから」 「いいけどさ、別に。じゃあやさしい俺が公平に分けれるようなお菓子を選んでしんぜよー」  そう意気込んだ浩太が動くたびにぴょこぴょこと跳ねる前髪。前髪は梅子にもらったひよこの飾り付きのヘアゴムで束ねられていて、公平からははしゃぐいだひよこが跳ねているように見えた。  地方出身の公平にとってもんじゃは物珍しく、中学時代、浩太に勧められて食して以来ずっとハマり続けている。  ただ、公平がハマっているのはもんじゃだけではないのだけれど。 「公平は意外と冒険しとるよ。もんじゃに入れるお菓子もいろいろ試しとるし」  住居スペースからもんじゃの材料を持って梅子が出てきた。その梅子に「なあ?」と同意を求められ、言われた通りなので公平は頷く。 「そんで浩太はわざわざ選ばんくても大体決まっとるじゃろ。レジ横の詰め合わせ買えばええのに」  対して浩太が買うものは何だかんだ決まっていて、梅子は浩太の好きなお菓子を詰めたパックなるものを用意している。  塩味と甘味がバランスよく入っているとかで、これが意外とパーティや子ども会用に人気らしいのだが、当の浩太はたとえ内容に大差がなくてもいつも時間をかけて選んでいた。 「無理ムリ! 俺に言わせれば邪道だよ詰め合わせなんてのは。あ、ばあちゃんのセンスを疑ってるわけじゃないんだけどね?」 「そうか」 「そうだよー。決しておまけ待ちしてるわけじゃないヨー」 「ほお。ならおまけは要らんな」 「要る! 要ります梅子おねえさま!」 「そんなら早くレジ持って来んかね」  梅子に急かされてすっくと立ち上がり、頭のひよこしか見えなかった浩太が棚奥から姿を現す。  ばたばたと足音を立ててレジ台に置かれた小さいかごの中には予想通り、パックの内容とほぼ同様の菓子ばかりが入っていた。  浩太自身、詰め合わせを買えば早く買い物が終わることはわかっている。けれど、浩太は梅子としゃべる時間が好きなのだ。  だから、わざわざ同じ商品を買うとしても毎回選んで時間稼ぎをしているし、そのことも梅子はやっぱりわかっているから照れ隠しをする。つくづく似た者同士だ。  梅子は首にかかった老眼鏡をかけると、小さなかごから取り出した駄菓子を重ならないようレジ台に並べ、金額を打ち込んでいく。  ちなみに梅子が叩くキーはバーコードスキャナーのついていない打ち込み式のレジ――ではなく、電卓のキーである。曰く、公平と浩太が相手のときはおまけをするので単価を打っても意味がないらしい。 「ん。今日も全部できっちり三百円だね」 「はい、今日もきっちり三百円」 「きっちり三百円、たしかに」  もらった三百円とともに叩き終えた電卓をしまい、梅子は白いレジ袋に丁寧に駄菓子を詰めていく。  最後にレジ近くの棚の棒状のスナック菓子を忍ばせ、浩太に袋を手渡した。 「どうせ今日も公平にもんじゃ分けてもらうんじゃろ? 同じ菓子入れといたからそれで返しな」 「わーい、ありがと! ばあちゃん大好き!」 「はは。ほんと現金だね、浩太は」 「うん、俺ゲンキンなの!」  にこにこと笑って浩太は公平の向かいの丸椅子にまたがるようにして座る。  そして梅子に手渡されたばかりのレジ袋から棒状のスナック菓子を取り出すと、勢いよく公平に差し出した。 「ってことで、こーへーもんじゃ分けて!」  相も変わらずいい笑顔を浮かべ、まっすぐに向けてくる浩太。  この人を疑わなそうな無邪気さがいつからか可愛くて堪らなくて、もんじゃとともにすっかりハマってしまっている。 「んー、それだけじゃなあ」  もちろんもんじゃをいっしょに食べるくらい何てことはない。  それでも、スナック菓子と引き換えという条件を呑んでしまえばこの場で浩太との取引が収束してしまうので、公平はわざと渋って見せる。 「えええ、そしたらおやつカルパス一本つける」 「……もう一声」 「じゃあもう明日フルーツもちの青りんご全部食べていいよ」 「よし、乗った」  これでもんじゃをいっしょに食べる約束と、明日いっしょにおやつを食べる約束を取り付けることができた。公平はテーブルの下で小さくガッツポーズをする。  上機嫌な公平と反対に、浩太が大した交渉をしたわけでもないのにぐったりと項垂れる。  結んだ前髪もいっしょに萎れているように見えて、公平は浩太に見つからないようこっそりと笑った。 「交渉もいいけど先に焼かんかね」 「あ、忘れてた」  うっすらと湯気が上がるのが見えるくらい、すでに鉄板は温まっている。それに気づかないくらい公平は別のことに夢中になっていた。――ということにしておく。 「どうやって焼くんだっけ」 「ばっかお前、最初は土手作るんだろうが土手」 「え、油はひかなくていいの?」  わたわたとしていると、見かねた梅子が大きなため息をついた。一応、五年も通っていて手際が悪いのを呆れている、という体で。 「ああもう、仕方ないから今日のところは焼いたるわ」  本来もんじゃはセルフサービスなのだけれど、梅子はなんだかんだ世話焼きなので今日だけと言いながら毎回振る舞ってくれる。公平の第二のおふくろの味だ。 「やったー! ばあちゃんのもんじゃ大好きー!」 「ばあちゃん、ありがと」 「はいはい」  元気な友人の可愛い笑顔と、ツンデレなおばあちゃんのやさしさと、おいしい食べ物を味わえる穏やかな時間。  厳島公平にとっての贅沢。  それは『週に一度、友人と駄菓子屋で三百円分のおやつを選ぶこと』である。 ********** 駄菓子屋に入り、300円だけで何を買うか真剣に悩むいよほも - おばかなことする2人が見たい(https://shindanmaker.com/687454) 20180607

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