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第7話
「俺の方は佐倉のおかげで終わったからもうすることないよ。佐倉は?」
俺の勝手な焦りをどこ吹く風で茅野がのんきな声を出す。
「俺も、キリがいいとこ」
茅野から離れ、ゲームをセーブして電源を落としながら答えた。
「じゃあ、どうする?」
茅野が首をかしげて聞いてくる。
時間を見ると10時半だった。
特にすることも思いつかない。
テレビでも見るかと思った時、茅野が来た時に聞きそびれた話を思い出す。
「そう言えばお前、今日はなんで家族とケンカしたんだっけ?」
「あぁ、話、途中だったっけ。またパソコン部に入るって言ったら、母ちゃんも兄ちゃんもそんな地味なのやめて運動部入れってキーキーうるせえの」
(なるほど地味ね。それでも言葉に気を使ってるような気がするけどな)
一般的にはそう見える部分もあるのは仕方ない。
「留樹兄 DQNでリア充だもんな」
茅野の兄は俺たちより5歳上で大学2年だ。
派手好きで遊び人ぽい留樹兄は茅野と正反対に見える。
どうやら茅野が反面教師にした節がある。
「あいつモラル崩壊してんだよ。遊びまくってるし。あんな奴になにも言われたくない」
なにか嫌な事でもあったのか、茅野は思い出したように顔をしかめる。
俺は茅野の兄のことを考えてふっと既視感にとらわれる。最近どっかで見たような気がする。
(最近会った奴……?学校か?あぁ、そうか)
「──あのさ、鳴比良先輩って留樹兄にちょっと似てるよな」
「えぇ!?ああ、でも……言われてみれば、近いタイプかも」
茅野も納得したようだった。
留樹兄はともかく、会ったばかりで触ってくるような鳴比良先輩は要注意人物だ。
意外と押しに弱い茅野のことだ、また今日みたいなことがあっても1人じゃ対処できないだろう。
「お前、鳴比良先輩には気をつけろよ」
俺が言うと茅野は少し考え込むような表情になる。
「ご忠告ありがたいけど、それ……俺のセリフだから」
「なに言ってんだよ?今日触られてたのお前だろ」
「あの人は俺の事なんか眼中にないよ多分。それより佐倉に興味持ってた」
「そんなわけねえよ。格好良いって嫌味だろアレ、生意気な1年だって思われたんだよ」
「違うよ。……わかるもん俺」
妙に真剣な顔で茅野は言い切った。
「なんで?」
あれだけの会話でそう断言する茅野に違和感を持って俺は聞き返す。
すると茅野は急に焦ったように目を逸らす。そして、それを隠すかのように早口に言った。
「え、ええっと……あの、そう。兄ちゃんに似てるから。だからだよ。佐倉、兄ちゃんのお気に入りだし」
明らかに何かを誤魔化している。さっきのはもっと何か別の確信があって言った様子だった。
別に先輩の話にさほど興味はない。でもこれはチャンスかもしれない。そう思った。
「お前ホントに嘘つけねえのな。全部態度に出るからバレバレだっての」
「嘘じゃな……」
「うそだろ?今の」
「……いや、ちが……う」
「あと、俺のこと、好きじゃない、ってのも」
声のトーンを下げて噛んで含めるようにゆっくりと言う。これなら条件反射で反論はできないだろう。
案の定、茅野は言葉に詰まり黙ってしまう。
「茅野」
俺は有無を言わせない口調で名前を呼んだ。
また鬼ごっこの鬼の気持ちになる。茅野を──追い詰めたくなる。
俺の気迫に茅野の口が操られたように途切れた言葉を繰り出した。
「俺……佐倉の、事が……」
うつむいた茅野の声が震えている。それだけで告白しているようなものだ。
もし俺が今『好き?』と聞いてやれば、茅野は頷くだけで楽になれるんだろう。
答えを求めてるなら、たったヒトコトそう言ってやればいいんだ。
「──俺の、事が?」
でも俺は冷淡な声で続きを促した。我ながら矛盾してると思った。
茅野に俺のことを好きだと言わせたいくせに。認めさせるだけじゃ満足できない。
優しくしてやりたい反面、どこまでも突き放してみたいとも思う。そうしておいて縋らせるんだ。
茅野がここの所、見た事のないような表情ばかりするように、俺も俺自身が知らなかった感情が次々に湧いてくる。
「──佐倉っ」
茅野が顔を上げ俺を見た。責めているような声だ。
茅野の秘密を曝け出すよう強要する俺を非難しているんだろう。
「なに?」
テーブルに頬杖をついて短く答える。
困った茅野を見る俺は、楽しいなどというより、もっと暗くて淫猥な嬉しさに顔が笑う。
よくない笑い方なのは鏡なんか見なくても分かる。
「……好き……じゃない。佐倉なんか好きじゃないって、言ってるだろ」
茅野はまた頑なに否定してしまった。
完全に俺が選択肢をいくつも間違えたせいだ。
でも分かっていてフラグを折ったんだから仕方がない。
すでに俺の中にもある何かのスイッチが入ってしまっている。
「お前そうやって何回も俺のこと好きじゃないって言うけどさ、そんなに何度も言われると俺だって傷付くんだし、茅野のこと嫌いになったらどうすんの?それでもいいの?」
「嘘つくなよ!佐倉がそんなことで傷付くわけないだろ」
「なんでそう言い切れんの?傷付いてるよ。スッゲー俺」
「だって、だって……どうしろって……いうんだよ……」
再び茅野はうつむいてしまう。
かなり露骨な意地悪をした自覚はある。
素直にならない茅野が可愛くて。
だが素直でないところは茅野自身のせいだが、それが可愛いからという理由で苛められるのは理不尽な話だ。
しかも苛められる理由が茅野に分かるはずもない。
会話の途切れた室内に茅野の押し殺した嗚咽が聞こえた。
とうとう本気で泣かせてしまったようだ。
(やべえ、やりすぎた)
「茅野?」
「なんで……」
泣き声の茅野が言う。
「そんなに……意地悪な事ばっか……言うんだ、よっ」
「ガチで泣くなよ。びっくりすんだろ」
「佐倉の、せいだろっ」
「わかった、悪かったよ。ごめんな。慰めてやるから、こっち来い」
「なんで……上から目線、なんだよ……お前の、せいだって、言ってんだろ……っ」
しゃくり上げるせいで途切れ途切れになりながらも、茅野は怒って言った。
「いいから、来いよ。早く」
涙を拭いて嫌そうに、それでも茅野は、俺のところまで自分から来た。
俺の前で棒立ちしている茅野の手を座ったまま握る。
下から見上げると茅野が瞬きした拍子にポタポタと二粒、涙が落ちてきた。
「もう分かった。佐倉なんか……きらいだ……」
また涙がこぼれる。
そんな様子の茅野を見てどうしようもなく茅野を可愛いと思う。
「俺、嫌われちまったの?」
「大っ嫌いだ」
「ひでえ」
面と向かって大嫌いと言われているのに、こんなに悪意を感じないのも珍しい。
言えば言うほど愛の言葉をつぶやかれているようだ。
俺は笑って立ち上がると、茅野の手を引いた。
「じゃあ、すっげえ優しくしてやるから」
「もう、遅い」
「そんなの分かんねえだろ」
そのまま茅野をベッドまで連れていく。
「ちょっと佐倉、なんでここなんだよ」
「だから優しく慰めてやるんじゃん」
「意味が、違うだろっ」
肩を軽く押して茅野を座らせる。
「違わねえよ?俺、お前に嫌われてるのやだからな」
「だからって、なんで……」
「身体が蕩けるくらい優しくしてやるから、俺のこと嫌いとか言うなよ」
その言葉に俺を見つめたまま茅野の動きが止まる。
俺は片手をベッドについて、もう片方の手を茅野の首筋に添えた。
指先に力を入れてうなじを下から上に撫でる。
「……ゃ……」
それだけで、茅野は赤くなって吐息を漏らした。
首筋に唇を寄せ、キスをしながら覆いかぶさるようにゆっくり押し倒した。
それから下半身がベッドから落ちているのを持ち上げて全身を横たえる。
茅野の心境はわからないが、今は大人しく俺のすることに従っている。
「今日は無駄な抵抗すんなよな。かえって煽られて、優しくできなくなるだけだからな」
脅しめいた表現になったが、事実なので仕方がない。
「なにするつもりなんだよ……」
不安そうに小さな声で茅野が言う。
「昨日と一緒。大丈夫──お前が気持ちいいことしかしねえから」
俺は安心させるように耳元に囁いた。
泣くまで苛め倒したせいか、無性に茅野への愛おしさが増している気がする。
自分の性癖なんて今まで気付かなかったが、泣かせておいて優しくしたいなんて軽く変態が入ってないか不安になる。
いや……多分、変態なんだろう。
だけど今は怯えさせるつもりはなかったから、茅野にちゃんと聞いておく。
「茅野、触っていい?」
「──そんなこと、聞くなよ」
「なんで?」
怖がってるならちゃんと止めるつもりだから知りたいのに。
茅野の気持ちが分からなくて、背けられた顔に手を当て俺の方を向かせると、その目を見つめる。
「佐倉、ぜんぜん優しくなんかないじゃん」
茅野は怒ったようにそう言って視線から逃れるように俺にしがみついてきた。
(恥じらいスイッチが入ったんだな)
やっぱりどこにあるのか分からない。
俺は茅野の身体に腕を回して抱きしめた。胸元にある頭に顔を埋めてキスする。
柔らかいふわふわの髪の毛は甘い匂いがした。俺はその髪の中に手を入れて頭を撫でた。
しがみついていた茅野の力が抜けて身体を預けてくる。
そのまま頭を撫で続けていると、茅野の手が俺の背中に回り額を押し付けてきた。
その様子は、まるで姿を見ると逃げていた野良猫が足元になついてきた時のようだった。
茅野の反応を見ていると、いつも小動物を連想しているような気がする。
そしていつもちょっかいを出したくなる。
「茅野」
声を掛けると少し警戒したように、俺の胸から顔を上げる。
(やっぱり小動物だ)
逃げられないようにそっと、顔にかかっている前髪をよけて額に口付けた。
時間をかけて目元から頬へキスしながら移動する。
ゆっくりと唇にたどり着いた時、茅野は逃げずに待っていた。
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