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第9話

明け方にふと目を覚ました。 隣で寝ている茅野が寝返りを打ったのかもしれない。 茅野は犬のマンガに出てくる、いつも毛布を持ったキャラクターみたいにタオルケットを頬に引き寄せて眠っている。 さすがに指は咥えていない。 だけど寝顔はあどけなくて子供みたいだ。多分俺よりずっと。 俺は茅野が目を覚まさないようそっと上半身を起こし、ヘッドボードからペットボトルの水を取って飲む。 ゆうべ茅野に俺を嫌いだと言ったことを撤回させた後も、お互いに少し触れ合うだけですぐに火がついて、結局何度もした。 俺は3回、茅野は俺が触り過ぎたせいもあって5回以上はイっただろうが正確な回数は正直分からない。 それからシーツを替えて一緒にシャワーで身体を流して、寝たのは3時を回った頃だっただろうか。 さすがにクタクタで二人とも服も着ずにベッドに倒れ込んだ。 時計に目をやると、まだ6時前だった。学校のある日より早起きだ。 だけどもう目が冴えてしまっていた。 俺より余計に疲れているであろう茅野を起こしたくはないが、少しだけ触りたくて頭を撫でる。 少し触れてしまうと、今度はキスしたくなる。 ゆうべの茅野の痴態を思い出して体の芯が鈍く重くなってくる。 あれだけ濃厚な夜を過ごしておきながら、こんなに無邪気そうに眠っている茅野を見ながら、それでも今また少しの刺激で復活しそうな下半身に半ば呆れる。 (今の俺は、まさに猿だな) 「……ちゃん」 その時、茅野がなにか言ったので起きたのかと思ったが、寝言のようだ。起きるそぶりはない。 「きょ、ちゃん……だい……す……」 (恭ちゃん大好き?) 俺の聞き間違いでなければそう聞こえた。 懐かしい呼び名だった。茅野の口から聞くのは何年ぶりだ? そういえば、この間も思い出しかけていた。 茅野の声が呼び水になり忘れた記憶にふっと光が灯る。 そして小学生の頃のことを思い出す。 小学5年生で茅野と再び同じクラスになった時、それまでの癖で茅野を『るいちゃん』と呼んでいた。 それをクラスの男子のからかわれ、それから俺は茅野のことを苗字で呼ぶようになったんだ。 俺をからかうんだったら別に良かった。 そいつらは『るいちゃん』と呼ぶ俺ではなく、茅野のことを、女子みたいだとからかうように『るいちゃん』と呼び始めた。 それが無性に嫌だった。『るいちゃん』と呼んで良いのは俺だけだと思った。 茅野もその時から『きょうちゃん』をやめて俺のことを苗字で呼ぶようになった。 (今のはその頃から……それか、それより前から、ずっと俺のことが好きだった……ってことか?) だとしたら長い片想いだ。 それもこんなに近くにいて。 それは辛いことじゃなかったのか。 「留衣」 なんとなく、名前を呼びたくなって口に出してみる。 本人の前でそう呼んだことは一度もないけれど。 「ん……佐倉ぁ?」 その直後に茅野が寝ぼけた掠れ声を出した。 「悪い。起こした?」 「んー、違う。勝手に目が覚めた」 (それって多分、俺が名前呼んだからだろ) そんなに大きな声は出していなかったけれど。 幸い茅野は気づいていないようだ。 「なんか、佐倉の夢みた……」 「どんな?」 「もう、覚えてね……」 「ふうん……まだ早いからもう一回寝ろよ」 「うん……でも喉、渇いた。それ水?」 茅野が俺の持っているペットボトルを見つけて言った。 「そう。飲む?」 「一口ちょうだい」 そのまま身体を起こそうとするのを俺は腕で押し留める。 「飲ませてやる」 そう言うとペットボトルを開けて自分の口に傾けた。 そしてぼんやりとその様子を見ている茅野の口元に近づく。 「バカ、自分で飲……」 気づいた茅野の声に俺は構わず、口移しで水を流し込む。 「ん、ん、ん……っ」 俺が上手いのか茅野が器用なのか、水は零れずに飲み込まれた。 「もっと?」 「……もっと」 茅野は頷いた。絶対に文句をつけると思ったのに意外だ。 水を含んで、もう一度茅野にくちづける。 「……ふ、んぅ」 茅野の喉が動いてこくんと水を飲み干す。 俺は顔を離した。 「まだ足んね?」 「……うん」 同じ動作を繰り返す。 俺の首に茅野の腕が回された。 唇が離れた時、茅野が言った。 「佐倉、もっと」 茅野が欲しがってるのは、もう水じゃなかった。 俺は茅野に欲しがっているキスを与える。 少し重ね合て、上下の唇をそれぞれ軽く挟み、吸う。 「ん、ん………は」 それだけで茅野は頬を染めて、ぼおっと虚ろになる。 意識はキスにだけに集中されて他の事はろくに分からなくなっていそうだ。 誘うように開かれた唇に舌で侵入すると、茅野が懸命にそれに応えようとする。 「は。……ふ、ぅ」 背中に回った腕に力が込められる。 茅野が、感じ始めている。 (こいつホントにキスが好きだな) それまでの甘い応酬から切り替え、茅野の口内を強引な動きで自分勝手に侵す。 「ふ、……あっ、んん……う……んぅ」 茅野の官能的な声が耳をくすぐる。 こうなると、もうダメだ。 俺の中のどす黒くていやらしい欲望が止められない。 「キスだけでそんなに感じんならさ、ずっとキスしててやるから……」 言いながら俺は茅野の手を外し、両手をそれぞれベッドに押さえつけた。 「手ぇ使わねえでキスだけでイってみろよ」 「そ……んな……の」 「出来んだろ、お前なら。ほら」 そう言って口付けると、茅野の舌を絡め取って自分の口に深く誘い込む。 「は、ああ……っう、ふ」 吸い込んだ舌の根元を軽く噛み、逃げられないようにして、そのまま嬲った。 「はぁ、は……ふ……うぅ」 茅野の腰が浮く。俺はそこに自分の腰を押し付けてやった。 堪り兼ねたように茅野の腰がしどけなく揺れる。 「あっ、あ、んん……っ」 「エロいなお前。自分から腰、動かしてる」 「佐、倉が……意地悪……する、から……だろっ」 「『特別に優しい俺』のタイムセールは終了しました」 「昨日も、優しく……なんか、なかった……くせ、に」 「無駄口叩いてないでイケよ。ほら、キス」 俺は唇を合わせて舌を差し込む。 すぐに茅野の舌が絡みついてきた。 そこに遠慮や恥じらいはなく、ただ貪るように熱く深く、俺を欲している。 キスの最中もこらえ切れない喘ぎが途切れずに茅野の喉から溢れていた。 「あ、あ、佐倉、もうダメ。も…ぅ、でる……」 掠れた声で茅野が呻く。 「イケよ、留衣」 「なんで、……な、まえ……あ、くぅ……は、も、ぁ……っっ」 それから、茅野の喘ぎ声で散々煽られていた俺も、茅野の手であっけなくイった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「いい加減にしろよ佐倉。もうしねえからな。もう今日は触るなよ」 うつ伏せになって、ぐったりとした茅野が横目で俺を睨んでいる。 寝起きで声が掠れているのかと思っていたが、どうやら喘ぎすぎのようだ。 今も声が枯れている。確かにやりすぎは認める。 「でも今のは、お前が誘ったんじゃねえか」 「違う。俺はキスだけで良かったんだよ」 「じゃあ感じんなよ」 「無理言うな」 茅野は布団を被って反対側を向いてしまう。 「でもさぁ茅野がそんなにキスが好きなの、なんか意外」 イメージだけなら、恥ずかしがって逆にしそうにない。 「……佐倉のせいだよ」 茅野が不機嫌そうに言う。 「は?だって俺と初めてキスしたの、ついこないだじゃん。それで目覚めた?……え、まさか俺の知らない間に誰かと付き合っててそれで……」 「バカ。お前のせいだって言ってんじゃん」 茅野は布団の中で長い溜息をついた。 「──やっぱ覚えてないのな。お前」 と意味不明なことを言っている。 俺は肌寒くなってきたので布団に潜り込み、ついでに茅野の体を自分の方に向ける。 「なんだよ、意味分かんねえよ」 「佐倉、幼稚園の頃、俺にキスしまくったの覚えてねえの?」 「はぁ?マジで?」 全然記憶にない話だった。 「マイブームだったんだろうけど『一番好きな人には、こうするんだって』ってお前、毎日毎日俺に……」 記憶にはないが、だとしたら俺の前でイチャつきまくっている、あの両親のせいに違いない。 キスしてる親に俺が何してるのかを尋ねて、きっとそう答えたんだろう。 「それを幼稚園の間ほぼ3年間だぞ?あんまり毎日するから俺も習慣になっちゃって、逆にお前にキスされないと不安になるくらいだったんだよ!」 「全然……覚えて……ねえ……」 「ブームが去ったのか誰かに何か言われたのかは知らない。でも小学生になってからはしなくなった。……お前は綺麗さっぱり忘れてるみたいだけど……だから俺はしばらくずっと忘れられなかった。だけどもう、その記憶も薄れてほとんど忘れかけてたっていうのに、また……お前が、キスなんかするから……」 それでこいつはキスが好きなのか。 キス自体がというより、俺とキスすることが大事なのか。 「茅野、おまえ俺のこ……」 「好・き・じゃ・な・い」 茅野が先手を取って明瞭に言う。最後まで、言わせて貰えも、しなかった。 「完全に忘れてたし、思い出せなくてごめんな。でも安心しろ、これからはしょっちゅうしてやるから」 「いらないよ。すんなよ絶対」 「んでだよー」 俺が冗談交じりに唇を尖らせると茅野は目を伏せ、妙に思い詰めた表情になった。 「……また、習慣になった頃……急に止められたら……もう立ち直れないと思うから、マジですんな」 そのやたら暗い顔を見て、茅野がどうして好きだと認めないのか少しだけ、その思いを理解した気がした。 だから俺は茅野の言葉は無視することにする。 俺は茅野の頭を支えて、キスをした。 「やめろって、言ってんだろ」 茅野が少しだけ顔を離して言う。 本気で嫌がってはいない。 「ヤダっての。俺はやめるなんて言ってないだろ。ガキの頃と一緒にすんなよ」 そして軽いキスを何度も茅野の唇に降らせる。唇に限らず、まぶたや頬にもたくさん。 茅野は俺の腕を縋るように掴んで、静かに瞳を伏せていた。 それは拒んでいるようにも受け入れているようにも見えた。

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