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第10話

ゴールデンウィークに茅野が泊まりに来て、また声が枯れるまで泣かせ倒した。 両親は俺を置いて夫婦水入らずで温泉旅行中だった。 放任主義な親で本当に良かったと思う。現金な話だ。 泣かせるといっても、俺たちの行為はせいぜい触り合い止まりだった。 エスカレートして来ているとは思っているが、その先の具体的なところが良く分らない。 近頃の茅野は触れ合う度に感度が増していくようだ。 慣れが、いいように作用して、茅野の身体がどんどんエロくなっていく。 だから茅野の声が枯れるのは、茅野が敏感過ぎるせいだ。 どこを触っても感じてしまい、喘ぐ声を抑えられないんだから仕方ない。 前に泊まった時にその声で帰ったら、留樹兄にセクハラもどきの嫌味を言われたと怒っていた。 無垢で純白だった茅野を自分の色に染め上げていくような倒錯的な欲望で満たされる。 発想がどこまでも変態的だ。もう自分はそういうものだと諦めた。 「佐倉、最近たまに俺のこと名前で呼ぶけど……なんで?」 泊まりに来た最初の日、茅野が俺にそう聞いた。 俺にも明確な理由があるわけじゃない。 「してる時だろ?なんとなく呼んでみたら、気持ち良かったんだよ」 「……ふうん」 「お前も俺のこと下の名前で呼んでみろよ」 「やだよ」 「なんでだよ」 「そんなの……恋人同士みたいだろ……」 「その方がエロいんだから、いいじゃん」 「ばっかじゃねえの、お前」 何故か茅野はまた不機嫌になった。 この調子だとよっぽど理性が飛んだ時でもないと、名前でなんか呼んでもらえそうにない。 (昔はかわいく呼んでたくせにな) ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ そんな風に、日々は過ぎていった。 連休が明けても、毎日はいつもと同じ様子でやってきて。 俺と茅野が人には言えない既成事実を作ろうが、俺の頭が壊れたエロ妄想製造機になろうが、茅野が何か思い悩もうが。 俺と茅野はパソコン部、通称はPC部らしいが、にも正式に入部して部員となった。 ほとんど毎日顔を出しているが、今のところ何もやっていない。 ただ、先輩たちとゲームや雑談をするだけだった。 (かよ)って分かったのは、毎日いるのは3年の遠藤部長と鳴比良先輩、2年の糸目先輩と京屋先輩の4人だけという事。 あとは来たり来なかったりで、どちらかというとその4人以外に人が居ることの方が少ないという事だ。 部長達は大体パソコンで何かのプログラムを組んでいて、糸目先輩達はゲームをしている。 その日、部室に行ってみると、居たのは2年の先輩2人だけだった。 京屋先輩がおいでおいでをするので、近づくとチョコをくれた。 それを茅野と分けながら俺は聞いた。 「今日は部長たち居ないんすね」 糸目先輩がモニターから目を離して答える。 「多分、後で来ると思うけどね」 「部長達って、いつも何のプログラム組んでるんですか?俺ずっと聞きたかったんですけど、直接言えなくて」 茅野が2人に向かって尋ねた。 俺もそれは知りたいと思っていた。 「あれね。毎回違うから俺も詳しくは分からないんだ……」 糸目先輩が首をかしげて言った。 「あの2人凄いの。ネットのストアで自分たちの開発したアプリ、いくつも販売してんだぜ。それが結構売れてんだって」 京屋先輩がそう言うと 「バイトでどっかの会社のオンラインのゲームの管理もしてるんだよ」 糸目先輩が引き継ぐように言う。 「あ、スタンプも作ったって言ってなかったか?」 「それ俺、買わされたよ。動くやつ」 糸目先輩がスマホを出して見せてくれる。 6本の足が生えた可愛い顔の……何か、が『ありがとう』とか『ごめんネ』とか言っている。 足がうねうね動いて気持ち悪い。だが顔が可愛い。キモカワ系だった。 「これ……虫ですか?」 「虫、としか言いようがないよね」 茅野が聞いて糸目先輩が答えている。 「イラストは鳴比良先輩だってよ」 と京屋先輩が教えてくれた。 鳴比良先輩が描いたと聞いて妙に納得ができた。 「あんなに顔が良くて頭も良いなんてチートだよなぁ。しかも2人とも……」 言って京屋先輩が椅子の背に大きく寄りかかる。 そして俺たちを横目で見て、悪戯を思い付いたように含みのある表情で顔を寄せてくる。 「なぁなぁ。お前たちって仲良いけど、付き合ったりしてないの?」 「京屋!」 糸目先輩がたしなめるような声を出した。 「そんなわけ、ないじゃないですか」 俺が口を出す前に茅野がにこやかに、そう答える。 まあ、ここはそう言うしかないだろう。 でもそんなにあっさり、笑いながらじゃなくても良くないか?何となく釈然としない。 「そうだよ京屋。……なんでもかんでもそんな目で見るなよ」 糸目先輩が歯切れの悪い物言いをする。 (なんだ?そんなこと聞かれる理由が、なんかあるっていうのか?) 「だってさあ、あの2人があんなにもオープンだと何でもアリなのかなって思えて、マヒしてきちゃってさあ」 京屋先輩が言う2人とは部長と鳴比良先輩の事だろうが、それが何だというのか、分からなかった。 「もう、京屋は余計なことばっか言って」 糸目先輩が渋い顔で京屋先輩を見る。 「俺、知ってました。付き合ってますよね、先輩たち」 「え?茅野気付いてたの?」 糸目先輩が驚いた様子で茅野の方を向いた。 「見てたら何となく……そうかなって分かって」 何だ何のことだ、俺だけ蚊帳の外に置き去りだ。 「佐倉だけ分かってない顔してんな。だから、部長と鳴比良先輩は恋人同士なんだよ」 京屋先輩がニヤニヤと俺を見た。 「マジすか!?」 「佐倉、鈍すぎ」 茅野が冷たい視線を俺によこす。 「オープンにした理由があるんだよ。あの2人には」 糸目先輩がフォローするように話しだした。 「去年の4月に遠藤部長と鳴比良先輩が1年生を積極的に勧誘するよう、3年生の先輩に言われたんだよ」 「あの容姿だからな、すごい入部希望者が来たんだぜ。俺らの学年の女子だけなら40人以上か?」 京屋先輩が指を折って思い出すように空を見つめている。 その時の部長たちは2年生だったから、いいつけに逆らえなかったということか。 意外な縦社会があったんだなこの部にも。 「女の子達が部長ら目当てに、狭いこの部屋に集まって、あの2人に群がるもんだから部活どころじゃなくなって……」 「遠藤部長が『親密になれるかもしれない』って期待があるから来るんだろう。って言って鳴比良先輩と恋人宣言したんだよな」 「まぁそしたら実際、見る間にここに来る女子は減って、結局みんな来なくなったんだけど」 「だから、幽霊部員はうちの学年の女子ばっかりだぜ。辞めてる子も沢山いるけど」 糸目先輩と京屋先輩が交互に語る去年の顛末(てんまつ)はすごい話だった。 自分たち目当てに来る女子を諦めさせるためにカミングアウトするなんて。 「なんかもう、それ武勇伝すね」 部長かっこよすぎだろ。男らし過ぎて惚れるだろ。 「いろんな意味で、すごいんだよねー。あの2人は」 糸目先輩が遠い目をする。 副部長だけあって、色々と振り回されたり気苦労も多いんだろう。 とにかく、すごいことはよく分かった。 あの変なお面をかぶった電脳系組織のメンバーだって言われても信じるかもしれない。 「でもよく痴話喧嘩してんだよな、意外なことに」 京屋先輩は随分と先輩たちのことに詳しい。 それともここにいれば、自然に分かるのか。 「あれは鳴比良先輩が……」 糸目先輩が言いかけた時パソコン室のドアが開いた。 「おっつかれー」 そこに当の鳴比良先輩が勢い良く入って来たので、思わず皆一斉に黙る。 「うわ、なに急に黙ってんだよ。健太ぁー、こいつらカンジ悪いよー」 「お前が乱暴にドア開けるのが悪い。驚かせたんだろ」 鳴比良先輩が遠藤先輩に嘘泣きをしながら抱きつく。 遠藤先輩も口ではああ言っているが、手は腰の辺りに回されていた。 (ああ、なるほど。こういうとこか) 確かにそう思って見れば、2人はかなり親密だ。 あまりに自然で俺は今まで見逃していたらしい。 『佐倉、ロコツに見過ぎ』 茅野が肘で俺をつついて小声で囁く。 (やべ、俺そんなにガン見してたか) 俺はできるだけ自然に、そっと視線を外した。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「お前よく分かったな。部長と鳴比良先輩の事」 部活の帰り道、先輩たちと別れてすぐ、俺は気になっていたことを茅野に言った。 「だから、佐倉が鈍いんだよ。隠してないんだから見てたら分かるよ」 「俺も言われたら分かったけどさ……」 言われる前は全然気付かなかった。 そもそも男同士で付き合っているという発想がなかった。 「どうせ佐倉には付き合ってるとかいう考え自体、思い付かなかったんだろ」 茅野に見事に図星を指される。 「俺にはエロいことばっかするくせに……」 「それとこれとは別だろ」 そう言ってもう一つ、茅野に言ってやろうと思った事を思い出した。 「お前さぁ、さっき京屋先輩に聞かれた時、なに即否定してんだよ」 「え?俺たちが付き合ってるかって聞かれた時?」 「そうだよ」 「あれ以外なんて答えんだよ」 そう言われて俺も答えに詰まる。 確かにそう言う以外にないのは分かってはいるが。 「付き合ってないけど、身体の関係はありますって正直に言うのかよ」 さらに茅野がバカにしたような声を出す。 茅野の態度がやけに邪険で、やっぱり釈然としない。 「じゃあ、付き合う?」 「──え?」 茅野が一瞬間を置いて唖然と聞き返す。 聞こえているが理解わかっていない、といった様子だった。 「俺と、ちゃんと付き合うか、って尋いてんの」 「なんで……そう、なるん……だよ……」 暗いから良く分からないが、たぶん赤くなったんだろう。 この反応は予想が付いていた。 俺を好きだと認めない茅野が交際を了承するわけがない。 でも完全に拒否もしてこないだろう。 思った通りだ。 そうこうしている間に家の前に着く。 「うち来る?茅野」 「今日は……行かね」 「話、途中だけど?」 「……行かないって」 また茅野が(あま)邪鬼(じゃく)をおこしている。 (ホント、とことん素直じゃねえな) そんな茅野に苦笑いする。 それでも、かわいいと思ってしまう自分にも、だ。 俺は自転車を置いて茅野に歩み寄った。 茅野がなにか言う前に胸元を掴んで引き寄せると、キスをする。 「バカっ、こんなとこですんじゃねえよ」 慌てて振り払う茅野に俺は笑って手を振る。 「じゃあ、また明日な」

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