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第11話

放課後、いつもの通り部室に顔を出すと、誰も来ていなかった。 今までも一番乗りは何度かあったので、そうかと思ったら教卓の上にメモを見つけた。 『佐倉と茅野へ 俺と京屋は今日部活に出れないから お前たちが帰る時に誰も居なかったら 教室のカギ閉めて、ヒッキーに渡しておいて。 部長たちは鍵を持ってるから気にしなくていい。 升目』 一通り読んで、まず升目ってなんだと思う。 が、よく考えたら糸目先輩の本名だ。 そして、部室の鍵が文鎮代わりに置いてある。 「自由な部活だな」 メモと鍵をポケットにしまい、改めてそう思った。 「どうする?茅野」 「俺どうせなら、オンゲにログインしていきたい」 「あぁ、先輩使ってないもんな」 パソコン室のパソコンはオンラインに繋がってはいるが通常の授業でも使うのでフィルタリングが厳しく、本当に限られた範囲しかネットを見ることはできない。 だがPC部所有の2台のノートパソコンだけは顧問のヒッキーの了承の元、好きなように使えるように設定してある。 いつもは大体、先輩たちが使っているので俺たちは使わない。 だから今日は使い放題というわけだ。 俺たちは鍵の掛かっているロッカーを開けて一台だけパソコンを持ってくると廊下側の後ろの席でセッティングした。 茅野がオンゲをしているのを横目で見ながら携帯ゲームをしていると、いつの間にか6時を過ぎていた。 「結局、今日誰も来ないな。もう帰る?」 茅野が伸びをしながらそう言った時、突然パソコンのモニターが真っ黒になった。 「あれ?落ちた?」 「お前いま電源、蹴ったんじゃね?」 「蹴ってねえよ」 俺は机の下に潜って電源ケーブルを見る。 ケーブルはしっかり刺さっていた。 「画面戻った?」 そのままで聞いてみる。 「戻んない。おかしいな。電源ボタンも効かない」 「それやばくね?」 「うーん」 茅野もノートパソコンを持ったまま机の下に潜ってくる。 「なんかの接触だと思うんだけどなぁ。バッテリーはあるはずだし」 「うんともすんとも言わねえな」 2人で机の下でごそごそやっていると、教室前方にある扉が開いた音がした。 「──ちょうど誰もいないじゃん」 遠藤部長の声だった。どことなく苛立っているように聞こえた。 続いて電気が消され、鍵の掛かる音。 「痛いって。離せ、(けん)っ」 鳴比良先輩の声もした。 どこか掴まれているようで嫌がっている。 どう考えても尋常な事態じゃなかった。 (なんで電気消して鍵閉めた!?) 俺と茅野は顔を見合わせ、出るに出られずその場で硬直した。 この教室の机は左右と前方がスチール板で囲われた造りになっている。 そのため回り込んで覗き込まなければ、机の下に潜り込んだ俺たちが居ることは分からない。 そんなところに普通、人はいない。 それで当然、遠藤部長は誰もいないと思ったんだろう。 居るはずのない所に俺と茅野は身を固くして息を潜めている。 「で?言い訳あんなら聞こうか?それとも聞かずに突っ込まれたい?」 遠藤部長の声が冷たく響いた。 そこまで親しくないが部長のこんな声は聞いたこともないし、想像も付かなかった。 「だから、美術部のモデル頼まれただけだって」 「嘘付けよ!」 バンと机を叩く音がした。 「だったらなんで準備室で半裸だったんだよ?」 「それは上着がはだけてた方が良いって言うから、ボタン外したんだよ。その後に画材運ぶの手伝って……」 「もういい」 鳴比良先輩が言いかけるのを遠藤部長が遮った。 「つまり、ヤったのヤってねえの?」 「ヤってないって!浮気じゃないって、言ってるのに!」 「お前の言うことは信用できない」 「……」 鳴比良先輩が黙りこむ。 ということは前科があるという事なんだろうか。 声がしなくなったと思ったら、衣擦れの音が漏れてきた。 ベルトを外しているだろうと思われる金属音も聞こえる。 「健っ、ちょっと、ここではまずいでしょ」 「今お前の身体にきいておかなきゃ、分かんないだろ」 『ちょっと、これやばくね?』 茅野が小声で聞いてくる。 『しっ』 俺は思わず茅野の口を押さえた。 万が一俺たちがここにいる事がバレたらただじゃすまない。 せめてもう少し早く出て行けば違ったかもしれないが。 今更もう絶対に出て行けない。 「声、殺してろよ」 「健っ、やめて、痛いっ」 「確かにすんなり入んないな、じゃあ未遂か」 「だからっ、浮気じゃ、ないって……」 「それで済むかよ。このままじゃ入んないから、俺の指、舐めて濡らして」 「はぁ……んん……ふぅ、くっ」 ピチャ、ピチャと淫猥な水音が耳に入る。 鳴比良先輩が遠藤部長の指を舐めさせられている──。 あまりに卑猥な状況に心臓が全力疾走した時のように跳ねている。 それは茅野も同じで、2人合わせた心音が向こうに聞こえてしまわないかと心配になるくらいだった。 しかも、その行為はそれだけで終わらない。 「あ、ぁ……っ!キツ、いきなり3本も、無理……っ」 「そうか?でも、それ咥え込んで、締め付けて離さねえけど?」 「……んんぅっ、あ、ああ、動か……すな……っ」 「力抜けよ、そしたら良くなるだろ。いつもみたいに」 「ん、んん。は、ぁ……、あ、ふ……」 鳴比良先輩は遠藤部長の言う通りにしたのか、少し呼吸が落ち着いたものになった。 「ね、俺、本当に、してない。健としかしない……ホント、信じてよ、健太郎」 そして鳴比良先輩の懇願する、甘い声。 「……わかったよ」 遠藤部長の声色が少し柔らかくなり、その後キスの気配とクチュクチュという湿った音。 それから抑えているが漏れてくる鳴比良先輩の喘ぐ声。 「あっ、あんっ、健っ。そこ……当たってる。気持ち、いい。も、あぁっ」 「もう欲しい?」 「ん、欲しい、健の入れて」 「じゃあ、口でゴム着けて。ちゃんと濡らしながら」 「ふぅ……っ、は、あ、あふ……っ」 「もう、いいよ。亮也(りょうや)」 聞こえてくる声の位置から鳴比良先輩が背を向けされられたのが分かる。 茅野が俺の腕をぎゅっと握ってくる。 縋っていないと声が出てしまいそうなんだろう。 俺も同じだった。息を殺すのが辛い。 「あ、健っ……ああんっ、あ、はぁ……んんっ」 「亮也、……っく、う」 規則性のある動きが、水音に纏わり付いて聞こえてくる。 その光景は見えてないのに、目の前で行われているかのように鮮明に瞼の裏に浮かぶ。 「イイっ、もっ、と……もっと、健、もっと強くして……っ」 「いいよ。亮也、気持ちいい……もっと、良くなれよ……っ」 鳴比良先輩のねだる声が絡みつくように甘い。 もう何度もその行為を繰り返したであろう2人の、密度の濃い空気が伝わって来る。 モニター越しにAVを観ているのとは訳が違う。 今、すぐそこで実際に先輩たちが睦み合っているんだから。 音だけとはいえ、むしろ音しか聞こえないが故に、この秘められた行為がまるで自分の身に起こっている事のように、より生々しく感じられる。 茅野の身体が熱い。 密着していないと隠れていられない狭いスペースで茅野を感じないわけがない。 茅野の体温、息を殺しながら漏れる吐息、そして匂い。それら全てが俺を誘惑する。 どちらからともなく俺たちは至近距離で互いを見つめ合って、その物音を聞きながら高ぶる心を必死に堪えている。 茅野に触れたい。キスしたい。もう、我慢の限界だ。 でもそんな事をしたら、きっと俺たちがここにいるのがバレてしまう。 頼むから早く終わって欲しい。 でないと、こんなにも近くにいる茅野を抱き締めないでいられる自信がない。 「疑われるようなことはすんな。お前は俺のもんなんだからな。亮也」 「んんっ、あ、健っ、健太郎。浮気……んて、するわけない、大好き、なのに……っも、もうイク……イっちゃ……」 鳴比良先輩の一際高くなった声と遠藤部長の苦し気な声が重なる。 そして一瞬、教室は静まり返り荒い息遣い以外、物音一つしなくなった。 俺の、そしてたぶん茅野の限界も臨界点に達する寸前だったろう。 突然訪れた静寂の中、自分の心臓の音が激しく鼓膜に響く。 絶対バレる、絶対に聞こえてる、と思うくらいに大きい音だ。 だが結局、遠藤部長と鳴比良先輩には気付かれなかったようだ。 そのまま何か話しながら身支度をし終えたらしく鍵を閉め出て行った。 何を話していたかなんて耳に入って来ない。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 2人の気配が完全に消えてから茅野と机の下から這い出ると、汚れるのも構わず床に倒れ込んだ。 (耳がレイプされた気分だ……) 「茅野、へーき?」 「なわけ、ねーだろ」 「……だよなぁ」 深呼吸でも因数分解でもおさまりそうにない。 とにかく高ぶってしまった身体を一旦、鎮めないと何も出来ない。 「茅野トイレ行くぞ」 「あ……うん」 フラつく足取りで、最寄りのトイレの個室に入って鍵を掛ける。 キスをしながら性急にお互いを脱がせ合って完全に屹立(きつりつ)しているものを扱く。 2人ともイクまではあっという間だった。 ただ、気持ちが高揚したままで身体も反応しっぱなしだ。 それでも、このまま学校のトイレで何回もしているわけにもいかない。 でも落ち着けっていわれたって落ち着けるわけもない。 実際、アタマん中はさっきの事が何度も何度もリフレインしてる。エンドレスにだ。 頭の中に流れる映像やら音やらは無視して、ただ黙々と片付けの為、手と体を動かすことに集中する。 ノートパソコンは明日、誰かに相談することにしてロッカーにしまい込む。 そうして、なんとか帰り支度を済ませるところまで漕ぎ着けた。 最後に部室の鍵をヒッキーに渡して、俺たちは早々に学校を後にした。 帰り道は俺も茅野も無言だった。 きっとお互い、頭の中では溢れそうなくらいにドロドロしたものが大暴れしていたと思う。 それが余りに欲望に直結したものなので、往来でのんきに口走れる内容なんかじゃ、なかっただけだ。 その別れ際、茅野がとんでもない事を言い出した。 「飯食ったら、佐倉んち行っていい?」 性欲が暴走しそうな今、一緒に居て抑えられるはずがない。 さっき、ナマで聞いたばかりの事を茅野に強要してしまうに違いない。 「はぁ?お前、空気読めよ。今日の俺、なにするか分かんねえ……つうか、挿れちまうぞ」 ぼかしても仕方ないので、はっきりとそう言ってやる。 すると茅野は更に意外な事を口走る。 「佐倉こそ……空気読めよ。あんな事あって、俺1人じゃ治まりつかねえんだよ。お前そのうち……する、みたいな事言ったじゃん。だから、俺……準備とか、してたし……」 その言葉に『?』マークが頭の中を踊る。 「待てよ、それどういう……後ろを自分で慣らしてたって事か?」 茅野はそれに頷いた。 「ローションとか、良く分かんないけど調べて用意して……少しだけ自分で……」 「マジで?……大丈夫……なのか?」 「自分じゃ、良く分からなかった。あんまり、指……届かないし」 そんな茅野に俺の理性も吹き飛ぶどころの話じゃなかった。 粉砕機で()端微塵(ぱみじん)にしたあと宇宙の彼方(かなた)に消えてった感じだ。 「お前、そんなに覚悟あったのかよ。なら俺に文句なんてあるわけねえじゃん。……優しくしてやれる自信はねえけど」 「佐倉はいつも優しくなんかないじゃん」 「なに言ってんだよ、めっちゃ優しいだろ」 「──意地悪だよ佐倉は。……じゃあ、一度帰る」 そっけなく言って茅野は帰って行った。 そっけないのは恥ずかしからだろう。 だが茅野が積極的なのは意外すぎる。 そりゃ、あんなとこに立ち会ったんだから、強烈な刺激だったのは分かる。 俺も今、頭ん中は一分(いちぶ)の隙もなくエロいことしか考えてない。 自信を持って言えるのもどうかと思うが。 でも俺は最近ずっとそういう自覚があって、ある意味当たり前だったが、茅野はいつもそんな俺に引き()られてるんだとばっかり思ってたから。 まさか、茅野が自分で準備していただなんて、考えてもみなかった。 さっきも口にしたが、そんな覚悟があったなんて……思いもしなかった。 (覚悟、だよな。茅野にしたら) 俺の中でだって、ただの触りっこと挿入とでは意味合いが変わってくる。 一線はとっくに超えているかもしれないが、そこまで行くにはさすがに理由が必要になってこないか? 気持ちいいから、それを超える理由。俺には一つしか思い付かない。 一体いま、茅野は何を思っているんだろう……。

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