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第14話

無我夢中のうちに事が終わって、俺は重大なことに気がついた。 勢いでやってしまったせいで、ゴムも着けずに中に出してしまった。 「やべえ。ごめんな茅野。シャワー浴びて来いよ」 声をかけるが、さすがに茅野はぐったりしている。 「身体、平気?お姫様だっこしてやろうか?」 「大丈夫……」 あんまり大丈夫そうには聞こえない声で茅野は言った。 そもそも元気な茅野なら、ここで皮肉の一つでも出そうなもんだ。 「一緒に入ろうか?」 もちろん手を貸すという意味でだ。 すると茅野は少し笑った。 「平気。大体そんなとこに佐倉の親、帰ってきたらどうすんだよ」 それは考えてなかったが、一緒に風呂入るくらいなら有りな気もする。 「とりあえず、肩貸すから。バスルーム行くぞ」 茅野を支えて風呂に連れて行き、キッチンで水を飲んでいると、上の階から誰か降りてくる気配がした。 (マジかよ、どっちか帰ってたのか) 両親の部屋は3階にある。俺の部屋は2階だ。 とはいえ、俺も茅野も誰も居ないと思って遠慮なんかしてなかったから、多少の物音は漏れてるだろう。 (やべー、バレてんのかな) 降りてきたのは母親だった。 「母ちゃん帰ってたんだ。珍しいじゃん。あー……いま茅野来てて風呂、入ってるから」 「あらそう、留衣ちゃんだったんだ。泊まってくの?」 「多分」 俺は気まずい雰囲気を悟られないように、さっさと部屋に戻ろうとした。 が、母親の言葉に引き止められる。 「お母さん野暮なこと言いたくないんだけど、あんたから手だしたんなら、ちゃんと責任取りなさいよ」 「ち、ちょっと、イキナリなに言ってんの?」 「留衣ちゃんなら尚更よ。あんたの大事な幼馴染みじゃない。いい加減な事するな、って言ってるだけよ?」 きっちりバレている。 母親の厳しい視線の前に誤魔化し切ることは出来なかった。 「……いい加減じゃ、ねえよ」 俺は諦めて認める。 今さっき、まさに告白したところだ。いい加減なはずがない。 「──ならいい。母さん、あんたのこと信じてるし。別に誰と付き合おうが良いもの」 俺の真意を見透かすようにじっと見つめた後にそう言った。 そして冷蔵庫から缶ビールを取り出すと踵を返す。 「もう私は降りて来ないから留衣ちゃん出てくるの、リビングで待っててあげれば」 「……そうするよ」 おやすみと言って母親は寝室に戻って行った。 (親公認ってことか?) この寛大さは流石うちの親といったところだ。 しかし茅野が知ったら嫌がりそうだ。 それよりも、茅野はさっき俺が言ったことをどう思ったんだろう。 結果的に俺から打ち明けた告白を。 欲しいと思った気持ちと好きだという気持ちが、いつの間にか自分の中で繋がって自然と口にしていた。 元々根っこが同じ想いなんだから、当たり前だろう。 自分が自覚しなかっただけだ。 あのヒトコトの禁断の呪文は意図せず、だが機を熟して発動した。 ──そして魔法に掛かった。 茅野と、そして俺自身の二人とも。 多分、もう茅野に拒む理由はない。 でも認めるか認めないかは茅野次第だ。 俺には決められない。 しばらくして茅野が顔を出す。 「俺を待ってたの?」 茅野は俺がリビングに居ることに少し驚いていた。 「そうだよ」 そのまま一旦、一緒に部屋に戻ってから改めて俺もシャワーを浴びに行く。 「眠かったら寝てていいから」 「……寝れるわけねえだろ」 ようやく茅野らしさが戻っていた。 そんな茅野に俺は少し安心した。 シャワーから部屋に戻ってみると茅野は布団にくるまって背を向けていた。 「茅野?」 寝ないとは言っていたが、俺はそっと手を着いて覗き込んだ。 「茅野、寝た?」 小声で呟いてみる。 「起きてるよ」 不機嫌そうな声と共に茅野が体をこちらに向ける。 話をするつもりはありそうだ。 「お前、最近いっつも怒ってんな」 俺が冗談まじりに笑って言うと茅野はさらに声を尖らせて言った。 「誰のせいだよ」 「俺?」 「他に誰がいるんだよ」 こいつは俺よりだいぶ繊細にできている。 だから話が核心の部分に触れそうになると、敏感に感じ取り、途端に分かりやすく不機嫌になる。 なのに俺はそんな茅野を可愛いと感じるから機嫌が良くなる。 そこが理解不能で茅野をさらに苛立たせるんだろう。 「今はなに怒ってんの?留衣ちゃん」 「お前が言う変なこと全部だよ」 「変って?俺が茅野の事を好きだ、とか?」 そう言った瞬間、赤くなって枕を投げ付けてきた。 「茅野、ほんとカワイイな。俺もう、メロメロだわ」 「お前なあ……そういうの、ずりいんだよ!!」 「ずるいって何が?」 「俺……俺だって……佐倉が……好き、なんだよ」 天の邪鬼な茅野がとうとう認めた。 ……いや俺が告白したから認めたのだと考えると、やっぱり天の邪鬼には変わりないが。 「ああ、知ってる」 「いや待て、俺は否定してただろ!」 (あんな限りなく肯定に近い否定は、そもそも否定なんかじゃねえよ) だがそれを口には出さない。 火に油を注ぐだけなのは目に見えている。 「ずっと、だよ。佐倉があんなこと言い出す、ずっとずっと前からだよ」 「それも分かった」 「だから、なんでそんなことが言えるんだよ!」 (寝言で聞いた……って言ったら激怒するだろうな……) 「だけど、言えるわけないだろ。言えるわけないって、思ってたんだよ俺は!それをお前はっ!!」 茅野が上半身を起こして俺の首元を掴んで引っ張る。 「今だってそんなにあっさり、しかもさっきは命令口調で。俺が……絶対に拒否しない事が決まってるみたいに……」 「そんな事ねえよ。おまえが俺を振る可能性だって、あんのは分かってたよ。口調は、性格だからしょうがないだろ」 「分かってたって……佐倉、怖くなかったの?そんなこと言って、取り返しのつかない事になんないかって、考えなかったのかよ」 「それは考えてねーわ」 そんな余裕はなかった。 ただ、茅野を俺のものにしたい、それしか考えていなかった。 でも取り返しのつかない事にならないかなんて、いま考えてもそんな結論には至らない。 「だって、なるわけねえじゃん。元々、相思相愛なんだから」 「だから、なんでそう思えるんだよ!その自信、どっから来んだよ。俺には分かんねーよ」 茅野が掴んだ首元を持って俺をグラグラと揺さぶった。 「あのさ、お前って自分で思ってるより、ずっと隠し事とか出来ないタイプだよ。お前の気持ちは、俺が自惚(うぬぼ)れるのに充分なほど態度に出てた。そんだけ」 「そ……なのか?」 「そうだよ。だって俺から見たらおまえ、意地張ってるだけにしか、思えなかった」 「意地は……張ってた……けど」 茅野は掴んでいた手をようやく離す。 そしてうつ伏せになって、思案気に組んだ腕へあごを乗せる。 「でも、そんなおまえ見て、俺もお前が好きだって自覚したんだから、お前のハニトラ大成功じゃん」 「なんだよそれ。俺が仕掛けたみたいに言うなよ」 睨んでいる茅野に笑いながら並んで布団に入る。 「落とされたのは事実だろ」 「別に俺は落とそうとしたつもりなんて、ない」 手を伸ばして茅野の頭をなでる。猫っ毛が相変わらず気持ちいい。 「けどさ、俺だって幼稚園の頃からお前が好きなわけだし、これは時間の問題だったんだろ、多分」 「そんなわけないじゃん!幼稚園から俺のこと好きだったなんて、信じられるわけないだろ。どの口が言うんだよ。キスしたことも忘れてたくせに」 「そう、忘れてただけ、なんだよ。だって俺『一番好きな人にすることだ』って言ってお前にキスしてたんだろ。だから始まりは幼稚園からだよ」 「忘れてた間って、好きだった期間に入んねえだろ」 「じゃあ、いつもお前の側にいて不都合がなかったから、特に恋愛感情だって意識してなかっただけで、ずっと好きだった」 「じゃあってなんだよ。詭弁(きべん)だろ!そんなの」 俺は頭を撫で続ける。耳や首筋も温もりを確かめるように手のひらで触れる。 ぶつぶつ言っている茅野を懲りもせずにまた可愛いと思う。 「なあ、もうそんなに怒ってないで笑えよ。大体もっといいムードになる場面じゃねえの?ココ。想いが通じ合ったんだろ、俺たち」 「……良くそんな恥ずかしこと、平然と言えんな」 茅野は呆れたように睨んでから、ようやく笑った。 笑ったと思ったら、その笑顔が崩れて泣き笑いになる。 その顔を見られたくなかったのか、茅野はすぐに布団に突っ伏してしまう。 もう可愛すぎて悶絶死しそうだ。 「茅野、キスしていい?」 「お前なに考えてんの?てか、なんも考えてないんだろ。そうだよな」 茅野の顔を引き寄せ、もう一度ささやく。 「していい?」 「なんでこういう時だけ聞くんだよ。いつも勝手にするくせに……好きに、しろよ、もう」 鼻をすすり上げて拗ねた表情をしている茅野の、柔らかくて甘い唇にそっと触れる。 どんなに穏やかな気持ちでも、このまま触れていればそのうち火が付くのを止められない。 でもせめて今はまだ、この捉えどころのない、ふんわりとした甘さに委ねていようと思った。 やっと落ち着くところに落ち着いた、この安心感に包まれて。 せっかくこの天の邪鬼で意地っ張りな茅野が手に入ったんだから。 そしてまた俺は、あの言葉を唱えよう。 今だったら茅野は素直に答えるだろうか。 一度でも聞いたら満足すると思っていた。 でも全然違う。何度だって聞きたい。 そうして俺は口にする。全部が始まったそのヒトコトを。 「なあ、俺のこと好き?留衣」

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