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第6話

 秋彦は風邪をひいた。隆文に拒絶されてからというもの、前と同じように隆文に接するのもつらくなって、寝不足気味になっていた。それに季節の変わり目というのも相まって、秋彦は高熱でベッドに臥せっていた。隆文は、水を持ってきたり、冷却シートを換えてくれたり、時折部屋を訪れ看病をした。 「秋彦、大丈夫か?何か欲しいものはないか?」 「……いらない。隆文、テスト前で忙しいだろ?俺のことはもういいから」 「でも、まだ熱が高いだろう。……心配なんだ」  隆文の優しさが、秋彦にとっては叶わぬ希望を抱かせられるようで、胸が痛くなる。身体は熱いのに、心の中は冷えきっていた。隆文はたとえ嫌いな奴にでも優しくできる奴だ。やんわり断ろうとするが、それでも隆文は秋彦に構おうとしてくるので、高熱で頭が馬鹿になっているのも手伝って、今まで塞き止められていた思いが口からこぼれでる。 「お前に居られると辛いんだ。どうせ、俺のこと嫌いなんだろ。もう、お願いだから優しくしないでくれ……!」 しまった、と秋彦は思った。厚意に応える言葉ではない。 「嫌いなわけないだろう」  しかし、そう即答した隆文になぜか苛ついて、胸に閉じ込められていた言葉が溢れてくる。 「嘘だ。……だってこの前、俺を突き放したじゃないか」 「それは……」 「俺を抱いたのだって、気の迷いだったんだろう?それとも、ただの嫌がらせか?」 「違う」 「じゃあ、なんだっていうんだよ!」 本音を吐き出して、なんとなくすっきりした。もうどうなってもいいや、と半ば自暴自棄になって、ぼんやりと隆文の返答を待つ。 「……また手を出して、お前に無理をさせたくなかった」 隆文の言葉の意味を捉えきれずにいると、頬にひんやりと冷えた手があてがわれた。頬の熱さに隆文の手が気持ちよくて、無意識に頬を擦り寄せる。 「好きでもない奴と、まして、男とセックスするわけないだろう。……酔い潰れた奴を襲うなんて、最低だな、俺は」  そうポツリと隆文が呟いた言葉をずきずきと痛む頭で反芻する。だんだんと隆文の言わんとするところが理解できるにつれ、目の前の景色が滲んでくる。 「……最低だよ。ヤるだけヤっといて、何もなかったことにするなんて」 「すまない。下手に好意を告げて、お前が離れて行くのが怖かった。男に襲われたなんて、お前、すぐ忘れ去りたいと思って……」 「ほんと、サイテー」  隆文の指が、頬を流れる涙を拭う。 「……嫌じゃなかった。むしろ、もう一回して欲しいって思っちゃったんだよ。……ほんと浅ましいよな。それで、自分から仕掛けるなんて」 「秋彦」 「ねえ、隆文。俺、お前が好き」  自ら誘おうとしたときの緊張が嘘みたいに、自然と口をついて出た。やっぱり頭が馬鹿になっているようだ。  頬を撫でていた隆文の手が、秋彦の手に重ねられる。 「俺も……ずっと、好きだった」 「ずっと、って……いつから?」 「最初にここで会ったときから」 「うそだろ」 「怯えてるうさぎみたいですごく可愛いと思った」 「なんだよ、それ……」  それからまんまと隆文に手懐けられていったわけか。甘やかされて、絆されて……。悩んで、我慢して、嫉妬して、妹に罵倒されて。 「なんか……むかつく」 「……秋彦?」 「隆文……前みたいに、して欲しい」 もう、自分の心を偽る必要はないだろう。秋彦は隆文の手を握り返した。 「……病人を襲うのも最低だな」 「ああ、最低だ」  どちらともなく、唇が重なった。 「あ……風邪移っちゃう」 「構わない、移して治せ」  それならば、と秋彦は遠慮なく隆文を受け入れ、舌を絡める。唇が離れる頃には、すでに秋彦の身体には力が入らなくなっていた。熱が少し上がったかもしれない。  隆文の手がすでに反応し始めていた秋彦の下肢に伸ばされる。 「んっ……」 「大丈夫、今日はさすがに入れないさ」 「うん……」 「そんな顔するな、治ったらいくらでもしてやる」  そんな物欲しそうな顔をしていただろうか。……していたかも知れない。なんせずっと待ち望んでいたのだから。  隆文によって秋彦の中心はすぐに上を向かされた。 「ぁ……んっ……」 絶頂を予感したとき、不意に手を離された。 「……?」  突然なくなった刺激に、疑問の目を向けると、欲を含みながらも優しさを滲ませる隆文の目とかち合った。 「秋彦、一緒に……な?」  そう告げると、隆文は自分の高ぶりを秋彦のそれと重ね合わせ、両方握りこんで一緒に扱き始めた。 「んっ……ぁっ!」  お互いに熱を帯びていて、とろけそうだ。間も無く、二人一緒に欲を吐き出した。宣言通り、繋がることはなかったけれども、秋彦の心は、隆文の温もりで満たされていった。  三日後、秋彦は全快したが、結局隆文が風邪を引くことはなかった。 「なんでお前、ピンピンしてるんだよ」 「さあ、鍛えてるからじゃないか?」 「またそれかよ」  前みたいに軽口を叩けるようになったのが、たまらなく嬉しくて、つい口元が緩む。 「どうだ、今夜快復祝いに久しぶりに飲まないか?」 「あれ?隆文、今日バーのバイトじゃ……」 「ああ、やめたよ」 「え?」 「恋人ができたらやめる契約なんだ」 「隆文の働いてたバーって……」 「いわゆるゲイバーだな」 「……!」  隆文とそういう関係になった以上、隆文がゲイということは何ら不思議ではないが、全く思い至らなかった。そして驚きと同時に、恋人という響きにじわじわと嬉しさが染み出してくる。 「今日は酔って寝るなよ」 「え?……あっ――」  意味を理解して、急激に頬に熱が集まる。リンゴみたいだな、なんて隆文が頬を撫でてくるものだから、堪らず秋彦は下を向いた。  甘くてくすぐったくて心地いい隆文の温もりに、俺はもう溺れている―― ×××  大学三年生になり、お互いに個室が割り当てられて、二人の部屋は別々になった。それでも、以前感じたような恐怖は秋彦には一切なかった。部屋が別れようと、繋がった気持ちが離れることはもうないのだから。

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