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三匹のオオカミ 6

「佐倉ー、茅っちぃー。おーはよっ」 週が明けて月曜の朝。 信じられないテンションで俺たちの間に割って入ってくるのは、もちろん桧山だ。 「すげえテンション高えな」 俺は身を引きながら答える。 「っざけんな。わざわざ間に入ってくんなよ」 茅野は肩に乗せられた桧山の手をはたき落としながら言った。 俺と茅野とでは、信じられない、の掛かる部分が若干違っているようだ。 「あのさぁ、今日すごい良いことあんだよね」 桧山は『くふふふふ』とグーにした手を口に当て不気味な笑みを浮かべると楽しみにしててねー、と言い残し行ってしまった。 「しててね……ってことは、なんか俺たちに関係あんの?」 嫌だ。嫌な予感しかしない。 「何があっても、あいつは無視してろ。お前は絡むなよ佐倉」 桧山が関わると茅野は普段の数倍荒々しくなるな、とここ数日で思うようになった。 俺は元々口が悪いが、以前の茅野はそうでもなかったはずだ。 ただ、やれば出来るという事は、それも茅野の中に存在してた茅野なんだろうが。 今は、その必要があるってことだろう。考えるまでもなく、元凶は桧山だ。 だがクラスメイトである以上、顔を合わせないわけにもいかない。 ──なんだかもう平穏な日々が戻って来ないような、恐ろしい想像に悪寒がした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今日一日、休み時間のたびに俺は戦々兢々(せんせんきょうきょう)と過ごした。 だが桧山は特に俺たちに絡んで来ることもなく、放課後になった。 いよいよなのか!?と思ったが桧山は放課後になると、すっ飛んで帰って行った。 「佐倉なに惚けてんの?部活行こう」 茅野は冷静だ。 「ああ。結局、朝の桧山の言葉、なんだったんだろうな」 俺が言うと茅野の顔色が変わった。 「あのさ……まさか一日中そんなこと考えてたんじゃないだろうな」 茅野の逆鱗に触れてしまったらしい。 やばい、何がそんなに怒りのツボだったんだ。 「今日一日、桧山のこと考えてたんだ……」 茅野の顔に昏い影。 「そういう意味じゃねえだろ!」 確かに言い方を変えればそうかもしれない、が良くないことを回避するために仕方なくじゃねえか。 しかし茅野の表情を見ていると、意味なんかはどうでもいいことらしい。 ──独占欲が強い、そういえば茅野はそう言っていた。 茅野が突然、椅子を引くと無理矢理、俺を座らせた。 机に手をかけ耳元で恐ろしく低い、響く声で言った。 「今から人気(ひとけ)のないとこ連れ込んで──俺のことしか考えられなくなるように、身体ごと創り変えてやろうか……?」 茅野が完全に雄モードになってしまっている。 「待て、落ち着け。考えてねえから、今だってお前のことしか考えてないから。だから安心しろって。な」 「あーもう。佐倉に首輪着けて繋ぎてえ……」 虚ろな目で不吉なことを口走る茅野に戦慄しながらも、なんとか(なだ)めて部活に向かう。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ちぃーっす」 声をかけて部室に入ると、一斉に視線を注がれた。 見慣れた顔がみんな揃っている。 いつもは各々好き勝手なことをして、誰が入って来たかなんて気にしないくせに。 どこか違和感を感じる。 (なんだ?) 首を傾げる。 五人が揃って俺と茅野を見ている。 「じゃあ、主な部員は揃ったところで」 遠藤部長が立ち上がる。 (あれ──五……人?) 「新入部員の紹介だ──」 遠藤部長が横に控えていた人物に目をやる。 「楽しそうなので仲間に入れてもらうことにしました。新入部員の桧山凪です。よろしくお願いしまーす」 そいつはゆっくり立ち上がるとお辞儀をした。 「……そんな事だと思った」 すっかりやさぐれた茅野が吐き捨てるように言う。 俺は目の前の光景を疑った。 「桧山ーぁ。セクハラは禁止なー」 鳴比良先輩が野次を飛ばす。 糸目先輩はそれに苦笑している。 「茅野、仲良くやれよ」 京屋先輩が余計なことを言って鋭い目の茅野に睨まれた。 ポケットに手を突っ込んだ桧山が、ゆらりと俺と茅野に向かって歩いてくる。 背後に居た茅野は、立ちはだかるように俺の前に一歩出た。 ──ああ、そうか。やっぱりもう、平穏な日々は、戻ってこないんだ。 相変わらず考えの読めない笑みを浮かべた桧山。 元々怒りっぽかったのに輪をかけて仏頂面キャラになってしまった茅野。 俺は、その二人の背景に蒼炎と真紅の柱が燃え盛りながら立ち昇るのを見た。

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