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三匹のオオカミ 5

昨夜は茅野から連絡が来ていたが、どうにも返事をする気になれず、そのまま寝てしまった。 おそらくは罪悪感からだ。 翌朝、俺を起こしにきた茅野は至っていつも通りで、ひそかに安堵する。 「俺、昨日知ったんだけど、遠藤部長と桧山って従兄弟なんだって。佐倉知ってたの?」 「俺も昨日だよ、知ったの。桧山の家出たら部長とたまたま会ってさ、家がほぼ隣なの。あいつからは直接聞いてない」 「そうなんだ。でも言われてみれば、あーなるほどなって思ったよ」 「ああ、それ俺も思ったわ……」 そんな事を話しながら教室に着く。 入り口のところで、後ろから俺たちの間に割って入るように、肩に手を回す奴がいた。 「おはよー。佐倉、茅っち」 能天気なその声は桧山だ。 こいつも、いつも通りだ。少なくとも見た目は。 俺もいつも通りでいなきゃいけない。茅野と桧山どちらの為にも。 「ああ、はよ。桧山」 「……茅……っち……?」 桧山はニコニコと俺たち二人に笑い掛けながら追い抜いていく。 「なにお前ら、そんなに仲良かったの?あだ名で呼ばれるほど」 「知らねえ。あいつなんか勘違いしてる」 茅野は桧山の後ろ姿を目で追い、憮然として言った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 帰り道、昨日あんなことがあったとは思えないほど桧山は上機嫌だった。 もちろん心の中までは分からないわけだが、それでも微塵も落ち込んだ片鱗(へんりん)を見せないのはすごいと思った。 (リア充様の余裕なんだろうか) そんなことを考えながら顔を眺めていると、桧山は悪い笑顔を作った。 「なに?また見惚れてんの?」 タフな奴であることは間違いないだろう。 桧山は昨日言った通り、今日は特に俺に何もさせるつもりは無いようだった。 買い物などもせず真っ直ぐ桧山の家に帰る。そしてそのまま部屋に連れて行かれた。 「今日はさ、もう痛みもだいぶ引いたんだよね」 「昨夜まだ熱持ってたのに?どれ?」 俺は桧山の手首に手のひらを当ててみる。 確かに熱くない。 「良かったな」 桧山は薄く微笑みながら俺を見ている。 「……そういえば、昨日健太君に会ったでしょ」 「健太君?」 「遠藤健太郎」 「あ、部長か。そうだ、お前なんで部長と従兄弟って言わなかったんだよ」 「従兄弟がいることは言ったじゃーん」 口を尖らせて明後日の方向を向いて答えている。 やっぱりわざと言わなかったらしい。 「面倒なことに後で健太君来るんだよねー。しかもなんか変なこと言ってて……だから今日は、ちょっと時間がないんだ」 「ふうん?」 「せっかく、二人で水入らず最後の日、なのにね?」 「あーそーね」 俺は棒読みで答えた。 そんな俺に桧山は声を出して笑う。 「佐倉。いっこ、最後のお願いがあるんだけど」 改まって言われて心臓が跳ねた。 なにを言ってくるつもりなんだ。 「テーピング、貼り直してくれない?」 それは拍子抜けするほど、正当なお願いだった。 「……は?あ、ああ。いいよ、もちろん」 そんな俺の動揺を見透かしているかのように桧山が目を細める。 「ナニ想像しちゃったの?」 「お前が最後のお願い、とか言うからだろ」 「ホントに想像しちゃったんだ!佐倉のエッチ!」 ……また馬鹿正直に反応してしまった。 最初から最後まで桧山の方が一枚上手のようで悔しい。 桧山が右手を突き出してきた。 俺は古いテーピングを巻き取っていく。 桧山は新しいテーピングを取り出して、貼り付ける用意をしている。 「……佐倉ぁ、あのさぁ」 「なんだよ」 言いながら桧山が俺の両手を取る。 新しいテーピングの端を俺の手首に貼る。 そうしておいて長さを調節して切るつもりだろうか。 「俺、昨日言ったじゃん?」 「……どれのことだよ」 桧山はかなり長く出したテーピングを、ぐるぐると俺の手首に巻きつけ出した。 「優し過ぎたら、茅野が可哀想だよって」 「あ──ああ、言ったな」 言い終わった時には、俺の両手はがっちりと固定され動かせなくなっていた。 間抜けなことに話に気を取られていて、そうされるまで気が付かなかった。 「──ちょっと、桧山これ、なんだよ!」 「たぶん茅野は言わないだろうから、言ってやるよ。恋人がいる時はさ、場合によっては他人(ひと)に優しくし過ぎちゃ駄目なこともあるんだよ」 体重をかけて、ゆっくりと桧山は俺を押し倒した。 桧山の左手で両手を頭の上に(はりつけ)られる。 でも俺の頭は真っ白で、何が起きているのか把握できない。 桧山の言っている事と、している事、どちらもすごく重要で重大なことの気がするのに、一遍に起こって追い付かない。 「じゃないと………こうやって付け入られんだよ」 そう言って桧山の唇が俺の首筋に降りてきた。 スローモーションのように見えたが実際はそうじゃないんだろう。 俺の頭が処理できてないだけだ。 「好きだよ佐倉……お前が欲しいよ……」 熱っぽく囁かれてワイシャツをめくり上げられる。 それまで茫然自失(ぼうぜんじしつ)としていた俺は唐突に──桧山が怖いと思った。 「桧、山……やめ……」 声にならない。 桧山が俺の上に馬乗りのまま、自分のワイシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。 そして再び俺に覆いかぶさると脇腹を舌で舐め上げる。 怖い──怖い。 これはたぶん雄に狙われた対象の本能がそう感じさせているんだ。 問答無用で俺をそういう目で見る桧山が震えがくるほどに恐ろしい。 そこに、互いの愛がないから。一方的な暴力だから。 何も出来ずに身を強張らせていると痛いほどに肌を吸われた。 「──ッ」 「……綺麗についた。これくらいの悪戯(いたずら)、いいよな?」 桧山が独り言のように言う。 その瞬間ふっと桧山が(まと)っていた雄の気配が薄くなった。 「……悪戯レベルの話じゃ……ねえ」 それと同時に俺も恐怖の支配から逃れた。声が出せる。 「俺の上から、今すぐ退けよ!」 「だめだよ、これからじゃん」 三日月のような目をした桧山が顔を近づけてくる。 「まだ、キスもしてないんだし?」 「お前そんなことしたら、どうなるか分かってんだろうな!」 この体勢で喚いても虚勢でしかないが、抵抗できるだけさっきまでより全然マシだ。 「可愛くないお口は塞いじゃうもんね」 桧山の顔が近づいてくる。 俺は顔を逸らすが両手を塞がれている以上、逃げるにも限度があった。 もうキスされた瞬間、噛み付くしかないと思って覚悟を決めた時、救いの神のようにインターホンが鳴った。 桧山が左手で身体を起こして俺を見下ろす。 髪が顔に掛かり、逆光なのでどんな表情をしてるかは分からない。 「あーあ。もう、騎士(ナイト)様の登場かぁ。もう少し遊びたかったなー」 残念そうな声でそう呟く。 そうしている間にもインターホンは二度三度と立て続けに鳴る。 居るのが分かっているようだ。 「はいはい、今出ますー」 インターホンの主にそうぼやくと桧山は立ち上がる。 「騒がしくなるよ」 桧山は振り向きざまにそう言って階下に降りて行った。 降りて行ったのはいいが、せめて俺の手をどうにかして欲しかった。 それに騒がしくなるってどういう意味だ。 桧山がドアを開けたらしく、玄関から声がする。 それも複数人いるようだ。 ──そういえば後で遠藤部長が来ると言っていたか。 (だったら親戚の人か!?俺こんな姿見られたらヤバイんじゃ……) 何しろ両手をテーピングで拘束されている上に服は半分脱がされてる。 そう考えて一人青ざめていると聞き覚えのある声がした。 それも、怒っている。 「佐倉どこだよ!」 押し問答らしい遣り取りの後、階段を駆け上がってくる音がして、勢い良く飛び込んできたのは──茅野だった。 俺の姿を見て目を丸くしている。多分俺も同じ表情だ。 そのあとに続いて桧山が入ってくる。 さらに後ろから遠藤部長。 驚いたことに鳴比良先輩と糸目先輩、京屋先輩までいる。 つまりいつものPC部の連中が何故か一堂に会している。 茅野は素肌にシャツを羽織っただけの桧山と俺の無残な姿を見比べて、唸るように低い声を出した。 「桧山……おれ佐倉に手出すなって、言ったよな……?」 「まあ、俺は出さないって返事はしてないけどねー?」 桧山はそんな茅野を挑発するように半笑いで答えた。 「てめぇ……」 茅野が怒気に包まれたのが見えた気がした。 今までに俺が見たこともない表情で桧山を凝視している。 「──腹に力入れやがれ」 茅野は言うと一歩踏み出して桧山の腹部にボディーブローを繰り出した。ボスッ。と鈍い音が響いた。 「()ッっ──げほ、げほっ……」 みぞおちに見事に決まったようで桧山は膝を着いて腹を押さえている。 「佐倉は俺んだ!手ぇ出してんじゃねえよ!」 茅野は桧山を睨みつけ、トドメのようにそう怒鳴った。 「──茅野、お見事〜」 鳴比良先輩が感嘆の声を上げ、パチパチパチと拍手する。 それで緊張した空気が一気に四散した気がした。 俺は何が何だか分からず、ただ呆気に取られていた。 その間に糸目先輩が近寄ってきて俺のテーピングを外してくれる。 遠藤部長は桧山に向かって 「まあ、自業自得だな」 と声を掛け、京屋先輩は成り行きを見守っていた。 余談だがこの出来事から、のちに茅野はPC部の中で、遠藤部長と肩を並べる伝説と言われる。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今キッチンでは遠藤部長と鳴比良先輩の二人が、先ほどの喧騒(けんそう)とは打って変わって、ほのぼのとカレーを作っている。 その他は全員リビングに移動して来ていた。 リビングとキッチンは対面式になっていて、どちらの様子も良く見える。 最上級生だけに料理をさせるのは心苦しいところだが、俺は料理の役に立たないし料理が出来るらしい糸目先輩と茅野も『台所に男が何人も居ると狭い』と追い出されてきたのでしょうがない。 そもそも俺はなんでこんなことになっているのか分からない。 他にすることもないようなので、糸目先輩に聞いてみた。 「実際のところ、俺たちも良く分からないまま、連れて来られたんだよね」 頼みの綱の糸目先輩が首を傾げる。 初めは遠藤部長と鳴比良先輩が二人で話をしていたらしい。 その内に鳴比良先輩が『それなら全員で押しかけてカレーパーティーしない?』と言い出したそうだ。 「その連絡なら来たよー」 もうすっかり平常時と変わらない桧山が口を挟む。 「健太君が今日は俺ん家で夕食作ってやるって。佐倉もここにいるし部活の連中も連れて行くからって」 どうも遠藤部長が鳴比良先輩に 『佐倉が怪我をした従兄弟の世話をしたというので、その礼も兼ねてカレーでも作りに行ってやろうかと思う』 という話をしている時に、お祭り好きの鳴比良先輩が 『部活の皆で行こうよ』と提案した……ということらしい。 ──部活そっちのけで。無茶苦茶だ。大体、桧山は部活に全く関係ないのに。 だが確かに今、その言い出しっぺの二人は、いそいそと大量のカレーを作っている。 そしてタイミング良く茅野が現れたのも納得がいく。 結局、桧山は邪魔が入る事を前提で俺にちょっかいを出してきたというわけだ。 茅野に殴られる事まで計算に入れていたかは別として。 俺が考え込んでいる間に、初対面の糸目先輩、京屋先輩と桧山が自己紹介していた。 「よく見るとやっぱ似てるなー、部長と」 京屋先輩が無遠慮にまじまじと桧山を見て言う。 桧山はあまり嬉しくなさそうだ。 「俺はあんな堅物とは違いますからねー」 とキッチンの方を見て少し小声で言った。 「……ところでさ、俺どーしても気になるんだけど」 京屋先輩が俺たちを見て言った。 俺は来た、と思って内心ため息をつく。 (見なかったことに出来る状況じゃなかったもんな……) 「お前ら三人って、どういう関係なワケ?」 「京屋ぁー」 糸目先輩が空気を読めとばかりに京屋先輩の服の裾を引っ張った。 「だって、無視できる?無理でしょ、アレは!」 だが京屋先輩は糸目先輩に同意を求めるように力強く言った。 糸目先輩も仕方なくというように手を引っ込める。 俺はさりげなく左右の茅野と桧山を盗み見てみた。 二人ともどうしようかと思案しているようだ。 始めに口を開いたのは桧山だった。 「まあ、一口に言っちゃえば、俺が間男的な?」 あははと桧山は悪びれず頭をかいた。 「的、じゃねえよ。紛れもなく間男だよ」 茅野が鋭く桧山にツッコむ。 「やっぱりそうだよな!?アレはそういうことだよな?って事はお前ら付き合ってんだよな?」 お前ら、と俺と茅野を見て京屋先輩は言った。 望むところではないが、言い逃れが出来る局面じゃない。 「そうです」 俺と茅野は揃って頷いた。 「だってさー、糸目」 京屋先輩が糸目先輩に向かって言う。 「俺に振るなよ」 糸目先輩が困ったように眉を寄せた。 「ああ、でもスッキリした。これで納得したわ」 京屋先輩が伸びをしながらそう言った時キッチンから声がした。 「この際だから糸目と京屋も付き合っちゃえばー?」 鳴比良先輩だ。ニヤニヤと意地悪そうに笑みを浮かべている。 「いや、俺たちはそういうのじゃないっすから!」 京屋先輩が慌てて首を振っている。 一端を(にな)っておいてなんだが、部活のメインメンバーが全員同性カップルというのは如何(いかが)なものか。 俺は心の中でそっと思った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 先輩たちの作ったカレーは美味しかった。 桧山の家の炊飯器は五号炊だったが、それだけではご飯が足りないので遠藤部長の家からも五号炊いたものを足してちょうど良かった。 そして大人数で食べる飯は合宿やキャンプのようで楽しい時間だった。 ただ食べ始める時に、また少しだけハプニングがあった……。 リビングのテーブルに、カレー皿はなんとか全員分置くことはできたが、実際男7人がそこに座って食べるとなると、それほど広々とした空間は余らない。 いや、どちらかというと窮屈だった。 それをいいことに、間を詰めるフリをして桧山が俺にぴったり寄り添った。 怪訝に思って桧山を見ると、それは楽しそうに悪魔のような微笑みで 「はい。あーん」 と口を開けてきた。 茅野の周囲の空気がピシリと音を立て亀裂が入る。 (俺この空気の中、桧山に飯食わせなきゃいけないのか……?) 俺の背筋に冷たい汗が流れた。 そこでハッと思い出す。 「おまえ昨日、もう今日は世話しなくて良いって言ってたろ!」 来るだけで良いと、そう言ったはずだ。 「そうだぞ、いつまでも佐倉に甘えるな、凪。スプーンなら左手で持てるだろうが。その為にカレーにしたんだからな」 そこにすかさず遠藤部長も助け船を出してくれた。 桧山はちぇーっと口を尖らせながらスプーンを取った。 ……間一髪だった。 茅野がカレー皿を桧山に向けて、パイ投げのパイのように構えたところだったので。 俺は少しだけ桧山の手の具合を心配したが、左手でも器用にスプーンを使って問題なく食べていた。 だったら素直に始めからそうしてくれよ、と心底思う。 しないからこその桧山ではあるが。 その後は比較的穏やかに過ごすことができた。 桧山だけが部活のメンツとは馴染みが薄かったものの、持ち前の人懐っこさですっかり打ち解けているようだ。 あれだけ挑発しまくっている茅野にも果敢に話し掛けていく様は流石としか言いようがなかった。 初めは完全にスルーしていた茅野だったが、あまりのしつこさにトゲトゲしいながらも受け答えしていた。 ……少しは俺の気持ちが分かって貰えてると有難い。 とにかく一筋縄ではいかない面倒な男だと。 宴の時間も終わり、お開きにするかと遠藤部長が切り出す。 時間は21時になったところだった。 週明けには、ここにいる全員とまた会えるというのに、急に心の中で風が吹き抜けたように寂しくなった。 それだけ楽しかった、ということなんだろう。 皆が玄関先で別れを告げるのを桧山が見送っている。 茅野がさっさと出て行こうとするのを追いながら、桧山に声を掛けようと俺が振り返ったのと、桧山が俺の腕を掴んだのは同時だった。 一瞬、時が止まったように視線と視線が絡み合う。 やばい。 こんなシチュエーションは望んでいない。 だが桧山がその隙を見逃がす筈もなかった。 ぐいっとそのまま引き寄せられて、キスされる。 あまりに不意打ち過ぎて俺にはどうする事もできない。 その途端、反対側の腕を強く引かれて、よろけた先に茅野がいた。 焦げつくような眼で桧山を睨め付けている。 「茅っちぃ、ひとつだけ言っとくね。俺、諦め悪いんだー」 「……覚えとく」 (あの野郎、最後の最後にクソ余計なことを……) この後の事を考えると胃が痛くなってくる。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ あれから無言の茅野と二人、俺の家に帰る。 部屋に入っても茅野はやっぱり無言だ。 怒っているのは一目瞭然だった。 でも会話の糸口を見つけない事には仲直りもできない。 「茅野怒ってる?」 「当たり前だろ!俺が何度、気をつけろって言ったと思ってんだよ」 茅野がいきなり壁際に座る俺の肩を叩きつけるように強く押さえ付けた。 衝撃で俺は壁に頭をしたたかに打ち付ける。 「──痛ッっ。なにすんだよ」 「それはこっちのセリフだろ──俺の目の前で、なにあんな簡単にキスされてんの」 茅野が灼け付くような(ひとみ)をしている。 「キスなんかされたの、あれ一回だけだよ!当て付けにわざとやったんだろ!」 「──そういうこと言ってんじゃないんだよ」 腹の底から絞り出すような声を出した後、茅野は俺にキスをした。 最初はキスではなく噛み付いてきたんだと思った。 唇も舌も犬歯を当てて実際キツく咬まれた。 甘いとは程遠い……だが熱いキス。 「俺が着いた時、随分な格好してたじゃん。──ナニされたの、あれ」 茅野は低く静かに、青い炎が燃えるように怒っていた。 「あれも──!今考えると当て付けで……特に何されたってワケじゃ……少し舐められたぐらい、だよ」 茅野の手でシャツをはだけられる。 「舐められた……ね。向こうは宣戦布告してるみたいだけど」 肌に紅く散った痕の事を言ってるんだろう。 「佐倉お前さ、俺が何年お前のこと想ってたと思ってんの。どんだけ我慢してきたと思ってんだよ」 堰が切れそうになるのを抑え込んでいるような低い声で淡々と言う。 「最初は告白するつもりもなかったし、佐倉がそんなこと考えてもいないだろうと思ったから俺が受け身になったけど」 言葉を切って覗き込む眸は昏く深い。 俺は吸い込まれるように惹きつけられて、目を逸らせない。 「身体の構造は同じなんだから佐倉だって後ろで感じるようにも、イケるようにもなるんだよ。桧山(アイツ)に先に奪われる可能性があるくらいなら、俺がそうして──女に、してやってもいいんだよ?」 茅野が雄の貌で俺を見る。 だけど……あの時のように恐怖など感じない。 それはもちろん、相手が茅野だから。 茅野以外の誰でもだめだ。茅野しか。 「お前がそれを望むんだったら、俺はそうしたっていいよ。けど桧山にヤられるくらいなら、もし抵抗しても逃げられなかったら……舌噛み切って死ぬ」 俺がそう言うと茅野はあっけにとられたように目を見開いて俺の顔を見つめた。 「馬っ鹿、じゃないの……時代劇じゃあるまいし」 その反応は、なんだか心外だ。俺は大真面目に言ったのに。 しかし言葉とは反対に、俺を抱きしめた茅野は嬉しそうだった。 「シャレになんないから死ぬとか言うなよ。桧山マジで何するか分かんないんだから。そうなっても、死ぬな」 「なんだよ。俺が(けが)されてもいいってのかよ」 「良くねえよ。そうなったら、俺があいつぶっ潰す」 「……それもシャレになんねえよ」 そう言って顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出す。 俺は茅野の背に腕を回して抱きしめ返す。 「桧山が触ったとこ、全部俺に消させてよ」 「俺も、お前で全部上書きして欲しい」 「くっそ、やっぱ腹立ってくるな。もう一発殴っとくんだった」 桧山の残した痕を、茅野のキスですっかり塗り替えた後に俺の上で茅野がボソリとつぶやく。 「そういえば、あれマジでびっくりした。茅野が人殴るなんて想像したこともなかったからさ」 「本当は顔面いきたかったけど、リーチの差であんまダメージ入んないと思ったからさ、腹にしたの」 「しかも、そこまで考えて……なんだ」 茅野も怒らすとこんなに怖いやつだったんだな。 そんな一面も新鮮で好ましい、としか思わないが。 「俺さ、自分でも知らなかったけど独占欲かなり強いみたい。佐倉のこと本当は誰にも見せたくない、どっかに閉じ込めて隠しておきたい。だから佐倉も、もっと自分の価値知れよ」 どっちかというと見せびらかしたい俺とは逆なんだ、と思う。 でも、ここまで言わせる俺は幸せ者なんだろう。 「俺は、茅野だけのだよ」 言葉にすると甘くて切ない感情が心の奥から湧いてきた。 俺は茅野と身体の位置を入れ替えて覆いかぶさる。 指を絡めあってキスを繰り返す。 軽いキスから、深い濃いキスへ。スイッチが切り替わるように身体が熱くなる。 舌を何度も交差させ、絡め合う。それだけじゃとても足りない。 唾液を交換するように含ませ合って嚥下した。 口の端からいやらしく雫が滴る。 「んっ……んあっ……は、っ」 すでに蕩けそうな表情になった茅野が、俺の頭を掻き抱きながら腰を浮かして押し付けてくる。 二人のものが股間で擦れあって、情欲を孕む。 そのままキスを続けながら腰を揺らし合って、もどかしい快感に身を任せる。 先に音を上げたのは茅野だった。 「あ……、も、触っ、て……っ」 「前?後ろ?どっち?」 全身を触れ合わせるように重なりながら茅野の耳元で尋く。 「っ……どっち……も」 「欲張り」 意地悪くそう言ってから希望通り屹立している前にも、物欲しそうに蠢いている後ろにも手を伸ばす。 「ん、んんっ!あ……あっ、やぁぁ、あ……」 茅野の目から生理的な涙が溢れ出ている。 「留衣のなか、指に吸い付いてくる。挿れたらすげえ気持ち良さそう」 「い、い……もう、挿れて、い、から……」 「もう?まだ早いだろ、全然慣れてねえぞ」 「だって、恭司……の、もう、欲し……」 意識してかどうか分からないが、そう言って中を締め付ける。 そんな茅野に挑発されて、下腹部がドクンと脈うつ。 「どうなっても、知らねえぞ」 挿入(はい)ってしまったら加減してやれそうになかった。 「いい、恭司ので感じたい」 「いちいちエロいっての」 俺はゆっくりと腰を進める。 やっぱりまだ全然きつい。 「──大丈夫か?」 「へい、き」 それが希望とあっては仕方がない。 無理はしたくないが挿入(はい)らないので少し強引に身体を割る。 「あ、あっ、は……ぅ」 「もう、ちょっと……だから……」 挿れている俺の方も喰い千切られそうな勢いで辛い。 それでも腰を押し進めて根元まで飲み込ませた。 茅野は顔の横のシーツを逆手に掴んで声を上げている。 胸を見せつけるように反らしていて、目にするだけでそそられる。 「っ──ん、ああっ、な、んで……恭、司、大っきく、な……て」 「お前がエロいから。動くぞ」 やっぱりだめだ。自制ができない。 もっとゆっくりしてやりたいのに、腰を前後させる度により快感が高まる。 ゆっくりどころか、むしろ激しく奥まで求めてしまう。 「うっ……あっ、あ、あん……っ……っく」 「留衣。目、開けてろよ」 それでも茅野が目を閉じ、快感を遣り過ごそうとするのを許さない。 俺が茅野の全てを見ていることを茅野にも認識させる。 「そ……なこと、言う、な……っ」 「だめ。ちゃんと俺の目を見てイケよ」 「や、やぁ……ああっ、も、もう……イっちゃ……」 「いいよ、イケよ」 涙を溜めて俺を見つめたままイク茅野は壮絶に妖艶だ。 それを見ている俺もすぐに限界になる。 茅野を強く抱きしめて一つに繋がったまま融け合った。

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