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第4話
二週間なんてあっという間だった。
昨夜はDVDを観ながら二人して寝てしまった。窓から差し込んだ眩しい陽の光に顔を照らされて目が覚める。もう昼前だ。
よりちゃんは昼からバイトだったから一緒に家を出て俺は帰ってきた。
──今日が、その二週間目だ。
お互い分かっていない筈はないのに何故かその話題には一言も触れずに、よりちゃんは夜に連絡するとだけ言った。
身体中に弱い電流が流れてるみたいに、ピリピリと緊張している。
(昨日まではそんなことなかったのに)
今日選択肢を間違えたら、もう元には戻れない気がする。
(だけどもう今更会えなくなるなんて考えられない。一緒にいたい。でもそれだけでいいのか?それはよりちゃんの言ってる好きと同じ意味なのか……?俺は甘えてるだけなんじゃないのか。やさしいお兄ちゃんのよりちゃんが好きってこの気持ちは、ちゃんと恋愛感情になってるのか?)
同じ事をずっとぐるぐる考えて、答えの出ないまま時間が経っていく。
夕方になって激しく雨が降ってきた。夕立かと思ったら、雨は夜まで激しいままだった。台風が来ているらしい。
そういえば昼までは晴れてたことを思い出す。よりちゃんは傘を持って出なかった。
置き傘があるかもしれない、折畳みを持ってるかも。でも、
(迎えに行ってみようか)
そう思った。
考えるのに疲れていたのもある。少しでも早く会って直接顔を見た方が答えが分かる、そんな気もした。
今日は二十時上がりだったはずだ。お店の場所も聞いたから知っている。
時間を見ると十九時十五分。丁度いい時間だ。
(待っていれば帰ってくる)
でも、もう行くしかないと思った。
よりちゃん用の傘も持って外に出る。一歩先が霞んで見えないほど、土砂降りだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
よりちゃんが働いているカフェに着いたのは二十時ギリギリだった。でもぴったりに帰れるって事はないだろう。
カフェが人通りの多い道に面した所にあるので通行者の邪魔にならない位置に避けて出てくるのを待った。
十分位して、お店からよりちゃんが出てくるところが見えた。傘を手にしている。
(……やっぱり持ってたんだな)
持ってきた傘は不要になったが、どっちみちそれは口実だ。俺は近寄って声を掛けようとした。
その時、先に出て傘を差したよりちゃんの後を追うようにして、若い女の人が出てくる。
よりちゃんはその人をエスコートするように傘の中に入れて歩き出した。
多分同じバイトの仲間だ。だって、とても親しそうに話をしているから。
海で会った女の人に対して見せた、冷たさなんか微塵もない。いつも俺に向ける時と同じように、優しい笑顔……。
鋭くて冷たい槍を心臓に貫き通されたように胸が痛くなった。内臓が胃の縁までせり上がってきたみたいに気持ちが悪い。俺はそこから一歩も動けない。
目の前の二人はあまりにも自然で、周りに調和するように溶け込んだ仲のいいカップルに見えた。
唐突にそれはやってきた。両方の目から湧き上がるように涙が押し寄せてきて、溢れ返った。
──嫌、だった。考えるだけで絶望感でいっぱいになった。俺が居るところ以外の地面が消えて無くなって、孤立した崖の上に一人で立っているようだった。
女の人と仲良くしている、恋人同士に見える、そういう事がじゃなかった。
──よりちゃんの隣にいるのが俺じゃない──
もし俺がよりちゃんと付き合わなければ、いつかよりちゃんは、俺じゃない誰かを選ぶ。
その事実を目の前に突き付けられた気がした。
よりちゃんは最初から、俺を好きだとハッキリ伝えてきた。俺はそれに甘えて自分の事しか頭になかったから、その可能性を考えもしなかった。
よりちゃんが他の誰かを好きになるなんて、絶対に嫌だ。
『仮にも付き合うんだからキス位しなくてどうする』
よりちゃんはそう言ったが思い違いをしている。
俺は、他の人とキスなんかしたくない。試しに付き合ってみようと言われても、よりちゃん以外だったらきっと断っていた。
キスされて気持ち良かったのも、ドキドキしたのも、相手がよりちゃんだったからだ。
キスに抵抗がなかった時点で、最初からよりちゃんのことを好きだったんだ。
小学生の俺の方がはっきり分かってた。
他の子と遊んで欲しくなかった。
他の事を考えて欲しくなかった。
俺のことだけ見てて欲しかったんだから──。
誰かの肩がぶつかって、手から傘を取り落とす。それを拾おうとして屈むと、涙がパタパタとこぼれて雨と混ざった。
──俺はやっと理解した。
恋愛なんて期限を決めて、ここまでがトライアル期間とか線引き出来るもんじゃなかった。付き合ったらどう変わるのかとか、そういう問題じゃなかった。
もう俺は、よりちゃんに恋をしていた。とっくに始まっていたんだ。それもたぶん再会したその日に。もしかしたらもっとずっと昔の、あの頃から──。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は拾い上げた傘を差す気がせずに、それを畳んで駅まで歩いた。
そしてずぶ濡れのまま電車に乗った。ラッシュの時間帯だから迷惑だったと思う。
服のまま泳いだのかというくらいに、濡れていないところがなかった。
傘を二本も持っているのにさぞ変に見えただろう。でもそんなことはどうでも良かった。
電車の中でよりちゃんから連絡が来た。多分いま自宅の駅に着いたんだろう。
『バイト終わった。家に迎えに行ってもいいか?』
『いま外だから、俺が直接よりちゃんち行く』
そう、返事した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
インターホンを鳴らすと髪をタオルで拭きながら、よりちゃんが出迎えてくれた。ちょうどシャワーから出たところらしい。
「どうしたんだよ、お前!?なんでそんなびしょ濡れなわけ?傘は?」
だがそう言ってから俺の手に持っている傘に気付いたようで不思議そうな顔をした。
「傘あるじゃん。しかも、二本?」
よりちゃんが俺の顔をじっと見た。俺もよりちゃんを見つめる。
そのまま何も言わずにいると「とにかくシャワー浴びてこい」と浴室に押し込められた。
出てきた俺に、下は合うのがないと言って、Tシャツを渡された。それもブカブカだ。
「それで、なんでこんな事になってんのか説明してくれる?」
いつも通りソファーに座って、よりちゃんが尋ねた。
「……俺……今日よりちゃんのバイト先まで迎えに行ったんだ」
「なんで!?──もしかしてさっきの傘、持ってきてくれたのか?」
俺は無言で頷く。
よりちゃんはしばらく考え込むように黙ってから、俺の頭を撫でる。
「ありがとな」
それから俺の目を覗き込むようにして言った。
「いつもの那月と違うのは、俺がバイトの先輩と一緒に帰るの見たからだな?」
(あれは──先輩だったのか)
俺はまた黙って頷く。
「どう、思ったんだ?」
抑揚のない声でそう聞かれた。
さっきの光景をまた思い出して、胸がいっぱいで苦しくなる。
声を出そうとすると涙まで一緒に出てきそうで中々口を開けない。
でも、いま言わないといけないのも分かってる。
(俺と居て。誰かのよりちゃんにならないで)
その想いをきちんと言葉で伝えないといけない。
「俺、よりちゃんが……好き。だから……っ、俺と──付き、合って、くださ……っ」
声を出した途端、結局こらえきれなくて涙腺も崩壊した。そのせいで途切れ途切れになり、うまく喋れなかった。
「ホントお前……かわいすぎて萌え死ぬわー」
よりちゃんは困り果てたような声を出して額に手をやり前髪を掻き上げる。そして俺をぬいぐるみでも抱くようにぎゅうっと抱きしめた。
それからすぐに力を抜いて、真剣な声になる。
「本当に俺でいいの?お前」
「──よりちゃんじゃなきゃ……嫌だ」
「……良かった。俺も那月以外なにも欲しくねえから」
その言葉は今の俺にとって、一番欲しいと望んでいたものだった。
よりちゃんの俺を抱く腕に力がこもって……俺も同じだけ強く抱きしめ返した。
「もう制限解除だな。無期限、無制限で、那月は俺の恋人」
恋人という言葉の甘さに胸があったかくなるが、反面、無制限の響きにちょっと怖気づく。
「怖い?」
そんな俺を見て、分かってたみたいに苦笑する。
「ちょっとは……でも、よりちゃんだから、平気」
さらに苦いものを食べたみたいな表情になる。
「あんま可愛いことばっかり言うなって。ずっとおあずけ状態食らってたんだぞ、俺」
俺には具体的な行為は曖昧だけど、何を言ってるのかは分かる。
「──那月に触れたい。那月が……欲しい」
よりちゃんの声がかすれて低く響いた。あと少し空気を入れたら破裂する風船みたいな緊張感で張り詰めている。
(俺も一緒だ。俺もよりちゃんに触りたい)
「……うん」
だから俺は破裂するのが分かってて、そこに空気を吹き込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
よりちゃんと一緒にロフトに上がる。ここに上がったことは実は一回もない、何回か泊まったけどソファーと床で雑魚寝という感じだった。
そこには厚いマットレスの上に布団が敷いてある。少し狭い空間が隠れ家みたいな雰囲気だ。
「わあ、秘密基地みてえ」
俺が緊張を隠すためにわざとはしゃいで布団に座ると、よりちゃんが枕元の間接照明をつけた。充分明るいのにな、と見ていたら今度は部屋の電気を消した。
一気に、部屋中の空気が濃密なものに変わる。
「よ、よりちゃん……」
「那月」
まだどこも触られていないのに、その声が熱っぽくてビクリとする。
「那月──」
もう一度名前を呼ばれて、キスをされる。顎を捉えられて、初めから舌が入ってきた。こんなキスの仕方は初めてだ。
「ふ、ぁ……は……っ……んぅ……っ」
乱暴ではなく強引な、よりちゃんの舌が俺の口の中を翻弄する。まるで余すことなく触れなければいけないように舐められる。
あまりにも急だったので少し離してもらおうと胸を押すが、動かない。
「──っよ、り……ん……っ」
言葉を出す間もなく舌を絡め取られ吸われたかと思うと何度も甘噛みされる。
ゆっくり体重を掛けられ布団に倒れこんでも、そのままキスは続いた。
大きな手が俺の手を掴んで指を絡ませてくる。キスの刺激に耐えるために俺はその手を何度も強く握る。
唇を唇で挟んで感触を楽しむようにしばらく押しつぶしてから、よりちゃんは顔を上げた。
「……っは、はぁ……はぁ……っ」
俺はようやく息が自由に出来るようになる。見つめたよりちゃんが滲んでいる。
「かわい……こんな何にも知らない可愛い那月に、すげえいっぱいやらしい事したいんだけど、それでも俺が好き?」
何か言われているのは分かったが酸欠のせいか頭がぼーっとして、俺が好き?しか聞こえてこなかった。
「……よりちゃんが、好き」
よりちゃんが微笑む。それは優しいというより妖しいに近かった。大人びて色っぽい俺の知らない、よりちゃんの顔だ。
「俺も、大好きだよ──那月」
そう言って俺を抱きしめると額に口づける。
今までしてきたのに比べれば軽すぎる位のキスのはずが、さっきの表情を見てから心臓がドキドキして静まらない。
よりちゃんの手がTシャツの中に入ってじかに背中を撫でられる。熱い手のひらが這っていく。移動してきた手のひらが正面に回った。その途端、急激に恥ずかしくなる。
俺が少し身をよじって逃げると、Tシャツを下から捲り上げられた。
「よりちゃん……?」
声を出すと今度は額だけでなく目や頬にも口づけながら、乳首を引っ張るように触られる。
「え?……んっ、あ……っ」
痛くてむず痒くて背中を足がいっぱい生えた虫が登っていくような、悪寒に似たゾクゾクする感じがした。
回した腕で俺の肩を抱きながらもう片方の手はそのまま押しつぶしたり、こね回したりする。その度にゾクゾクする感じが強くなっていく。
また俺が、俺じゃなくなっていく感覚になる。
「んんっ、よ、よりちゃん……や、あ……っ」
よりちゃんは手を止めずに、もう片方の乳首に口をつけて舌で舐めた。それから吸われて、少し歯を当てられる。
もうその頃にはゾクゾクする感じは、はっきりと快感だと分かっていた。──俺は、よりちゃんに触られて感じている。
それが悪い事のような、してはいけない事をしているような気分になって救いを求める。
「んぅ……っ、よりちゃん、よりちゃん……っ」
「怖い?那月。止める?」
そう言われて、戸惑った。止めて……欲しくない。
「怖……い。気持ち良くて、怖い」
仕方なく感じたままの事を伝えると、よりちゃんは低く笑った。
「那月……それで良いよ、それであってる。もっと気持ち良くなりな。怖くなくなるから」
「より──っん……」
乳首を強く吸われて、痺れるように痛い快感が走る。
「那月が気持ち良いと、俺も気持ち良いからちゃんと教えて」
「あ……っ、あ……より、……きもち……い…」
そして、よりちゃんの手がゆっくり移動して太ももを撫でてゆき中心に辿り着く。
「──ッ、あ……や、よ、りちゃ……」
もうさっきからジンジンと頭に響くほどにそこは反応していた。でもそんなところに触れられるのはやっぱり恥ずかしい。
俺はその手を外そうとして押さえる。
「なんで?こんなになってんのに」
耳元でそう囁かれて、そのまま耳を舐められた。よりちゃんは俺の力の入らない腕などなんの障害にもならないように下着の中に手を滑り込ませる。
「あ……っ、はぁ……あ、あ……っり、ちゃん……」
「すげえ、濡れてる」
「や……っだ、いう……なよ」
「ここ、こうされると気持ち良いだろ」
じかに触れられ敏感な先端を指でなぞられ扱かれる。自分でしたって腰が浮くような行為を他人の手でされて、おかしくなりそうになる。
なりそうじゃない。多分もうおかしくなってる。
もう何が良くて何が悪いかなんて判断がつかない。よりちゃんの与えてくれるもの、それが全てだった。
「那月、気持ち良い?」
「んっ、んん……っ、き、もちい、い……」
「イっていいよ」
「……っん、な……こと言われ……ら、イっちゃ……」
よりちゃんが容赦なく俺に快感を与え続ける。もう、保たない。
「イきなよ」
「んんっ……く……ぅ、あ、は……も、や、イク……」
「好きだよ、那月」
「──っン!……っは」
イク瞬間キスをしながら囁かれ全身がゾクゾクして訳が分からなくなった。
「那月?」
イった後の余韻にぼやけていると抱き寄せられながら呼ばれた。いつの間にかお腹に飛び散ったものも拭いてくれている。
「よりちゃ……ん?」
「まだ、できるよな」
ぴったりと寄り添うように抱き合ったよりちゃんの声が耳をくすぐる。でも、まだできるが何を指すのか分からない。
「那月の中から気持ち良くしてやるから」
(中から?)
分からないことだらけで、もう言う通りにするしかない。
「よりちゃんの好きにしていいよ。だって俺、なんも知んないから」
そんな俺の言葉を聞いてよりちゃんが苦しそうに息を吐いた。
「お前、またそんな──。気持ち良いことしかしねえつもり……だけど、お前が可愛すぎてブッ飛んだら、ごめん」
「え?」
不吉なことを呟いて、よりちゃんは俺の後ろに手をまわす。何か塗ってあったのか冷たくぬるっとした感触に身震いする。
「ちょ、よ、りちゃん……?」
感触しか分からないけど確実にお尻に何か塗られている。それも孔の方に。
(それってもしかして……)
薄ぼんやりとした知識はあるが確信が持てない。そのまま動けずにいると何かが俺の中に入ってこようとしているのが分かった。
「那月、ちょっと力抜いて」
多分よりちゃんの指だ。
(やっぱりそうだ、そこに指を入れる気なんだ)
そんなこと言われてもそう簡単に力は抜けなくて入りそうにないと思ったものの、ぬるぬるの威力が意外に強くて少しずつ侵入されてしまう。
「う……あ、っ……あ」
入ってくるにつれ違和感を感じてよりちゃんに縋る。
「無理なら言えよ」
そう言って差し込んだ指を動かし始める。異物感に気持ちが悪くなる。
「より、ちゃん……や、ああ、っ」
よりちゃんの言った通り確かに中だけど、蠢く指は気持ち良いとは程遠い感触だった。
(──もう、無理かも)
そう思った時、ピリッと引き攣れたような痛みのようなものが走った。
「う、ん……っあっ、あ……」
反射的に背が反り返る。
(なに──なに、これ……)
よりちゃんは俺が反応したところを集中的に擦ったり引っ掻いたりする。
全く意図していない声が俺の喉から溢れ出る。
「んっ、んん……っ、あ、はぁ……や、やぁ……あ、あ、よ、りちゃん……だ、め、無理……っ」
「──この反応はそうじゃないだろ」
無理なら言えと言ったくせに、よりちゃんは聞いてくれない。
本当に刺激が強すぎて今度こそ頭がヘンになりそうなのに。
「もうちょと我慢したら良くなるから」
(そうじゃない、もう今で精一杯だ。これ以上良くなるなんて……)
それほど強い刺激なのにさらに指を増やされて、極度の快感に視界が急激に狭くなる。
「あん、あ、ん……っも、より、ちゃ……わけ、わかんな……」
もう片方の手が俺の前にも回る。気づいてすらいなかったそこは反応していた。
前からも後ろからも擦ったり扱いたりされて快感なんだろうけど、許容量を超えている。
「よりちゃ……も……もう、良、すぎて……く、るし──」
「俺もこんな那月見てたら、もう限界」
指が抜けて行った、と思ったらよりちゃんが俺に覆いかぶさり、代わりにそれより太いものをあてがわれた。
さすがにそれが何なのか俺にも分かった。
「よ、りちゃ、ん……それ……無……」
最後まで言う前にどこかが痛いみたいに苦しそうな表情で、口づけられる。
「──ごめん……やめて、やれない……」
乱暴じゃない、いつだって優しい。でもそれは、存在だけで凶器だった。ゆっくり、身を沈められて声にならない悲鳴をあげる。
すべてを埋め込むと、よりちゃんは顔を離して上半身を起こした。ポタリ、とよりちゃんのあごから汗が落ちてくる。
しばらく二人とも動かずに深呼吸する。
さっき塗っていたものを繋がっている所にたくさん掛けてから、よりちゃんはゆるゆると動き出した。
俺が反応した浅いところを、擦るように抉るように何度も何度も抽送する。
指よりもずっと大きな圧迫感に声が止まらない。もう痛さよりも快感の方がずっと勝ってしまっている。
「あ……ぅん……っ、んっ、ん……より、ちゃん、よりちゃん……」
「那月……く、っ……無理させて、ごめんな」
「む……り、じゃな……よ、りちゃん……よりちゃん、俺、き、もち……い……よ」
よりちゃんが一瞬、動きを止める。喉元が大きく上下したのが見えた。
「──バカ。んなこと言ったら、我慢できるもんも出来ねえだろ……っ」
俺の中のよりちゃんがひときわ熱く、大きくなった。そして腰を突き出すようにして、荒々しく奥の奥まで挿入 ってくる。
「ん……っ、は……く、ぅ……っん、んん……っ、よ、りちゃん……っ」
「くっ……そ、那月、那、月……っ」
こんなに余裕のない、よりちゃんなんて初めて見た。でもそうなる位に俺がよりちゃんを気持ち良くできるのが、嬉しかった。
俺が気持ち良いと自分も気持ち良いと言っていた、その言葉の意味が分かった。
よりちゃんが気持ち良いと俺も気持ち良い。
ゆっくりと引き抜かれて鳥肌が立つ。再び深く突かれる。何度も深く挿し込まれたかと思うと浅い所を擦られて、またイった俺は泣き声になっていた。
どのくらいそうしていたかは分からない。俺は荒波に飲まれた一葉の木の葉みたいにもみくちゃにされて、よりちゃんに縋り付いていただけだった。
それから腰を抱え上げられたと思うと名前を呼ばれ動きが一層激しくなって、俺の中が熱い雫でいっぱいに満たされた。
そして無意識に解いていた虫食いパズルの最後のマス目が埋まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新学期が始まっても、まだまだ暑い。
始業式の今日は授業もなく、午前中で下校だ。
帰ってきた俺は家を通り越してあの公園に向かう。少し数が減った、アブラゼミがまだ鳴いている。
いつものベンチに、足を組んで座っている人影が見えた。俺は汗をかくのも構わずに走ってベンチに駆け付ける。
「おかえり」
俺の大好きな笑顔でよりちゃんが手を伸ばした。
「ただいま」
俺はその手を取って隣に座る。
今日も元気に子供達がサッカーや鬼ごっこをして走り回っている。ここに来てその光景を見ていると、どうしてもあの頃の自分と重なる。
そして恋人になったよりちゃんと今一緒にここにいることが未だに半分信じられない。
だけど恋愛と呼ぶには幼すぎて淡すぎたあの頃から、元々俺たちは惹かれ合ってたんじゃないか……と、今はそう考えるようになった。
友人たちが異性や恋愛の話をする時にどこか他人事のように感じて興味を惹かれなかったのは、心の底によりちゃんへの想いがあったからなんじゃないのか……そんな風に考えるのは都合が良すぎるだろうか。
……俺がそうやって感傷に浸っているというのに、さっきからよりちゃんがこっちを見て妙にニヤニヤしているのが気になった。
(──その顔は、あの顔だ)
一つ思い当たることがある。
「よりちゃん、もしかして俺の制服……見てる?」
「だって、那月の制服姿見んの初だし?かわいいんだから仕方ねえじゃん」
(そうだと思った)
「宿題、間に合ったか?」
俺の冷めた視線に気がついたのか話をそらすように言う。
「よりちゃんが手伝ってくれたから、余裕。さすが大学生」
大学生、と言って俺は重要なことを思い出した。言おうと思ったのはずいぶん前なのにすっかり忘れていた。
大事な話だから背筋を伸ばして居ずまいを正し、深呼吸する。
「──よりちゃん。俺、北海道の大学行くから。だから、待っててね」
「は?」
せっかく意を決して告白したのに何の事だか分からないといった顔でよりちゃんは俺を見る。
おかしい、プロポーズ並みの内容のはずなのに。
「だって、大学卒業したら戻っちゃうんだろ、北海道。そしたら俺も追いかけてくから」
「待てよ早まんな。俺卒業してもこっちで就職するぞ。大体、戻るなんて話したか?」
「……あれ?……しなかったっけ?」
「俺は言ってねえよ、だって戻んねえし」
じゃあ、本当に俺の──勘違いか。寒いの苦手だから大丈夫かなとか色々心配したのに。
(……親に言う前で良かった)
「──まあ、お前の本気は分かったよ。大学なんてまだずっと先のことなのに……すげえ覚悟してくれたんだよな。ありがとう」
俺の頭をかき回すように撫でられる。
「今日、どうする?」
手を離してよりちゃんが言う。今日はバイトが休みの日だ。
「お昼ウチで食べて行きなよ。よりちゃんの分が増えたところで、どうせ母さん喜ぶだけだし」
「いいのか?じゃあお昼はご馳走になる。そのあと……たまには映画館で映画でも観る?」
「観たい!」
「実は、良さそうな映画ピックアップしてあんだよ」
「マジで?楽しみー」
このとき俺は気付くべきだったんだ。楽しげに笑う瞳の奥にある鋭い輝きに。
よりちゃんを連れてうちに帰ると、母親は喜んで昼食を作ってくれた。
勉強を見てもらった事も話してあるので完全に母さんのお気に入りだ。
いつもはそうめんか冷やし中華のくせに昼からカツ丼だった。
「よかったら、いつでもご飯を食べにいらっしゃい」と母親が言う。
そうして、よりちゃんはうちへのフリーパスを手に入れた。
それから少し休憩した後、俺たちは駅前の映画館に向かった。
何も知らない俺は全部任せっきりで買って来てくれたチケットを見て、はじめて青ざめた。
(──だから、映画館で絶叫ホラーは絶対イヤって言ったじゃん!!)
心の中でそう叫んで、もう逃げるのもアリかな、とよりちゃんの隙を伺う。
だが満面の笑みを浮かべたよりちゃんは俺の腕をがっしり捕らえると、劇場の入り口に向かいキャリーバッグか何かのように軽々と俺を引き摺って行くのだった。
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