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最終話

貴方の叶えたい夢を俺は叶えられない。 そんな事を思っていたのは 俺がまだ子供だったから、だろうか。 2人でこっそりと生きる。 そんな仄暗い道しかないと思っていた俺に 貴方は光を容赦無く浴びせる。 思えばそういう人だったね、貴方は。 夏は今年も顔を覗かせて 蝉が木々の隙間から歌を歌う。 「瀧!はやく!凄いよ!」 もう30になったというのに 貴方は子供のようだ。 キラキラ輝いてて、眩しい。 あれから俺たちは漸く動き出して お互いの住んできた何年間を 一晩寝もせずに語り合った。 彼はあの街で会社員として働いていたのだが 辞めてすぐに俺のところへやって来た。 遠距離恋愛になると覚悟をしていた俺を 余所目にひょっこりと俺の家へ 転がりこんできたのだ。 彼いわく「散々離れたんだ。 これくらい神様だって許してくれる」…らしい。 もとより頭は良く、人当たりもいいからか すぐに仕事は見つかったと 嫌味ったらしく笑っていた。 なにより腹が立ったのはそこそこ名の知れた 大手企業に再就職を果たした事。 そんなこんなで2年の月日が流れ お互い安定し出した頃、 貴方に旅行へ誘われた。 「そんなはしゃがないでよ…」 「えー…。…瀧は楽しくないの?」 「たっ、楽しいよバカ!」 「あっはは、顔真っ赤だよ。」 チュ、とこっぱずかしい音を立てて 鼻先にキスをされた。 子供のようなのに色気が増して 振り向かない女はいないくらいだ。 それが少しムカつく。 「明日、楽しみだね。」 「…うん」 明日、俺たちは小さいけれど 綺麗な教会で式を挙げる。 ただの旅行だと思っていたけれど 彼がずっと企んでいた事だったらしい。 もちろん親に報告などしていない。 きっと誰も祝福しになど来ないだろう。 2人きりの結婚式だ。 あの時の弟の結婚式のようにはいかない。 分かっている。 分かってはいるけれど。 幸せだなぁと噛みしめる。 けれどその中にはほんの少し苦さもあるのだ。 貴方の夢を叶えてやれない自分の 不甲斐なさが苦味となって現れるのだ。 「さっきからずーっと浮かない顔。」 「え…?あ、ごめん…」 「…ごめんね、強引過ぎた、かな。」 「え…?」 悲しそうに眉を下げる彼に慌てて 違う、と否定をする。 「嬉しい。本当に、心底嬉しい。 でも…。創也の夢を叶えてはあげられないんだな、 って思ってただけ。」 「…俺の、夢?」 「昔言ってたでしょ?海の見える式場で 結婚式したい、って。 それに…俺、子供作ってやれないから。」 言葉にするとだいぶ心が痛くなった。 俺と貴方の関係に生産性はないし 世間はまだまだ冷たい。 そんな事気にしない貴方が街中で手を繋ぐたび 世界中に嫌われる気分になった。 貴方の事を俺は幸せに出来ているのか 不安になる事は腐るほどある。 「どうして?叶うじゃん、明日。 海の見える教会で俺たちは結婚する。 子供はそうだなぁ、別に瀧がいるから 要らないよ。俺はきっと死ぬまで 瀧に精一杯だから。」 「…ちが、くて…。創也にはもっと 普通の…」 「普通ってなーに? これが俺の普通、だよ。 愛してる人と幸せになるのが悪い事? 愛してる人と結婚して愛を誓うのが悪い事? 違うよ。全部普通の事でしょ? 俺にとって瀧とする事全部が幸せな事だよ」 ああ、どうして。 貴方はそうも簡単に俺の欲しい言葉を くれるのだろう。 うじうじと抱えてきた不安を いとも簡単に吹き飛ばすのだろう。 敵わないなぁ。 「俺は、俺と瀧が最高に幸せな 結婚式がしたい。それが夢。…ダメかな?」 「…ううん、嬉しい。俺も 創也と幸せになりたい、から。」 貴方の人生に俺が居れる事が こんなに嬉しいだなんて 貴方に言ったら笑うだろうか。 翌日、神父さんが一人と 俺と、創也だけ。 白いタキシードを身につけて、 お互い見つめ合っていると 世界に二人しかいない気分になった。 けれどそれはとても幸せな気持ちにしてくれる。 「実はね、サプライズがあるんだ」 誓いのキスを終えた後 貴方は悪戯に笑った 瞬間、教会の扉が開く。 足音がいくつも聴こえてきて 俺は目を見開いた。 「誰にも祝福されないって瀧は言ったけど そんな事ないよ。」 入ってきたのは創也の両親と、 俺の、両親。 それから多分、創也の会社の人達。 どうして、と思わず呟いた。 俺の手を握った創也が にっこりと笑った。 「すんごい頭下げたんだ。褒めてね。」 「なん、なんで…」 「特に瀧のご両親にはこっ酷く怒られた。」 「っ、だってあの人達は…!」 「うん。言われたよ。 息子を生きにくい世界に連れ込むつもりか、って。 …凄い大切に思ってるんだね。」 「嘘…」 「弟くんは、仕事で来れないって。 でも別にあの人が幸せならいいんじゃない、 って言ってくれたよ。 瀧と似て不器用な子なんだね、弟くん。」 「え…?」 「結婚式に来てくれて本当は 凄く嬉しかったって言ってたよ。 でも接し方が分からなくて今でもずっと 後悔してる、って。 …街に帰ったら一度お酒でも飲んでみたら?」 「うん…そう、する…そうするよ」 涙で全てが滲む。 滲んだ先で拍手の音がした。 「おめでとう」という声が飛び交う。 こんなに上手くいくわけない。 夢かもしれない。 全部俺の妄想かもしれない。 幸せが怖いと感じる。 その瞬間を見透かすように貴方は 俺の手を強く握った。 痛いほど、強く。 夢ではないよ、と知らせるように。 「瀧、忘れないでいて。 君は君が思ってる以上に愛されてる事。 君が想う以上に俺は、瀧が好きだって事。 言葉じゃ計り知れないくらい 幸せにしたいんだ、って事。 忘れないでいてね。」 息が苦しいほど涙がこみ上げた。 何度も頷いて、 何度も何度も貴方の手を握り返す。 忘れないよ。 もし老人になってボケてしまっても 貴方と過ごした日々も、今日も 怖いと思える程の幸せも 忘れないよ。 貴方と出会い過ごし、笑い、泣いて 苦しみ続けた夏が 俺の背中を焼くように輝く。 一人では抱えきれない沢山のものを、 今は貴方が隣で共に背負っていく。 あの夏の苦しみも悲しみも 胸を焼く程の孤独感も 今、この瞬間 痛くて、怖くて、苦しいほどの 幸せも 全て貴方がくれたもの。 俺はきっと生涯、忘れはしない。 「創也こそ、もう忘れないでよ」 「もしまた忘れたって 思い出すよ。何度だって、瀧に 恋をするから。」 「…恥ずかしい人」 「幸せに、するから。 俺のことも幸せにしてね、瀧。」 「…もちろん。覚悟しててよ」 「あっはは!心強いなぁ」 教会の外の海がキラキラと太陽を反射させ、 眩しくて目を細めて笑った。 これから先の俺と貴方へ。 この瞬間を、 どうか忘れないでいて。 end

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