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第4話

久し振りに見た貴方の顔は 年相応になっていて、それでもやっぱり 綺麗だった。 「瀧」 もう一度貴方が俺の名を呼ぶ すぐそこで、手の届く距離で。 何年も俺の中に居続けた貴方が、 体温を含ませた風を俺に当てた。 「ひさ、し、ぶり…」 元気にしてた?今なにやってんの? そんな普通の会話が頭に何個も 浮かぶのに弾けては消えて 喉に到達する事はない。 何度瞬きをしても貴方は消えない。 だからこれは現実だ。 貴方がいる。 俺の、心をずっと縛る貴方が。 「弟くんの結婚式があるって聞いたから。 瀧も帰ってくるだろう、と思ってさ。 覚えてる?すぐそこに売店があったの。 昔よくアイス買ったりしてただろ?」 覚えてるよ。 忘れる訳ないだろ。 そう心で返し、視線を上げる。 けれど貴方が指を指した方向には 建物なんて1つもなかった。 「つい最近、 売店のばあちゃんが身体悪くして、 そのまま売店、無くなったんだ。」 「そう、なんだ…」 「…本当は瀧が帰って来た時にまた アイス、食べたかったんだけどさ」 「うん…」 「…ねぇ、瀧。俺たちの中の夏って どんなんだっけ?」 貴方の瞳に俺が映る 随分とくたびれて、情けない顔をした俺が。 嫌になってすぐに目を逸らした。 「バカみたいに、毎日遊んでただろ」 「そうだね。瀧とずっと遊んでた」 「…花火もしたし、海辺で寝こけた事もある」 「あはは、そうだ。日焼けが痛かったな」 「夜のプールに忍び込んだりしたし」 「そうそう、あの時瀧ビビりまくってたよね」 「…そんな夏だったよ、ずっと」 親友としての、夏はそうだった。 毎日笑って、バカをして。 漠然と大人になってもこうやって 夏を過ごすんだと思っていた程。 「瀧ってば忘れっぽくなったの?」 「は…?」 グイ、と強い力で腕を掴まれた。 振り解こうにも解けないほどの強さが 俺の腕に巻き付く。 そのまま、影が近付いて 暑さに濡れた唇が触れた。 「…こうやってここで、キスをした事も 好きだと言い合った事も、瀧は、忘れた?」 「はっ…なにいって…!」 「俺は、忘れてたんだ。」 貴方の強い視線が俺を貫く。 目が離せなかった。 だって貴方があまりにも泣きそうな顔をするから。 「瀧が好きって気持ちも、 瀧と一生を誓おうとした俺の想いも 全部忘れたんだ。 夏が来る度にずっと考えてた 瀧はなんでいなくなったんだ、って ここに来る度死ぬほど瀧を想った。 親友なのに、なんで何も言ってくれなかったんだって」 ぽろり、と貴方の目から雫が落ちる。 次々に落ちるそれに構わず貴方は 苦しそうに告げる 「違う、何も言えなかったんだ だって俺が、俺が瀧を置き去りにしたから 優しいやつだから、俺の為だって 消えたんだ。親友でいてくれようとしたんだ。 そう分かってから、ずっと苦しくて…!」 「思い、出したの…?」 「随分前に、思い出したよ。 思い出してからずっと今までここで瀧を待ってた。 帰ってきてくれる、って勝手に信じて ずっと毎日待ってた。 夏が瀧を連れてったから、夏が瀧を 帰してくれるって信じてた。 今日、瀧に逢えたら言いたい事が 沢山あったんだ。でも、上手く言える気が しなくて。…好きなんだ、ずっと。 ずっと、瀧が…好きなんだ。 やっと…やっと、言えた。」 泣きながらも笑う貴方に、 俺は大声をあげて泣く。 夏に置き去りにしたのは貴方の癖に なんで貴方が苦しそうなんだ。 おかしくて笑ってしまいたかったのに 先に溢れるのは、涙だった。 「瀧、俺を覚えてる?」 貴方が泣きながら俺の両手を握り 不安げな顔で言う。 「覚えてるよ、俺の大親友で 俺の…俺の大好きな、」 言葉が詰まってなかなか出ない。 嗚咽が溢れて、伝わるかも分からない。 だけど言わなきゃいけない。 あの日、俺が言えなかった言葉を あの日の俺の為に。 今目の前で泣いている貴方の為に。 「俺の大好きな、恋人だよ」 瞬間、ぶわりと風が舞った。 カチリ、と音がして 夏の匂いを漸く、運んできた。 「瀧、ただいま」 「ははっ、おかえり。」 ただいま、は俺の言葉なのに。 貴方は心底幸せそうに頬を緩めて言う。 夏に去った貴方が、夏に帰ってきた。 そして貴方の中の俺も、そう。 互いにもう離さないようにと 強く両手を握り合い 涙や汗でグチャグチャのまま 笑い合った

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