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第3話
弟の結婚式会場は、
海の見える綺麗な教会だった。
「おめでとう」という言葉が飛び交い
母も涙ぐみながら笑っていた。
これが「家族」ということか、などと
1人他人事のように思う。
弟は、幸せそうだった。
そのお嫁さんもまた幸せそうで。
ああ、貴方もこんな風に
こんな教会で愛を誓ったのだろうか
もしくはこれから、そうなるのだろうか。
そればかり考えていた。
「瀧、今日はウチに帰ってくるでしょう?」
「いや…式が終わったら帰るよ」
「…そう。アナタはいい人、いないの?」
「…うーん、仕事に追われる毎日で
そんな感じの人はいないよ。ごめんね。」
着物を着た母に呼び止められ、
何年ぶりかの会話だと言うのに
「お前はいつ結婚するんだ」と
責め立てられてる気分になる。
叶えられそうになくて、申し訳ない。
俺は母さんになにも返してあげられない。
とんだ親不孝者だ。
弟も俺を見るなり顔を強張らせた。
小さな声で母に
「なんであの人来てるの」と言っていた。
望まれていない事は確実なのに
俺は母さんへのせめてもの償いのつもりで来ている。
世間体を気にする母さんの為。
だから、ごめん。
もう少しで帰るから。
そんな嫌そうな顔、しないで。
晴れ舞台なんだから。
けれどやはり気まずくなり
母に一言「邪魔しちゃってるっぽいから」
とだけ告げて、式場を出た。
母は「そう」とだけ言っていた。
やっぱり居場所など無いな、とまた確信する。
あの幸せな空間に俺の居場所はない。
当然の事だ。
上手くやれなかった俺の招いた事。
もっと上手に生きれたらな、と思う。
街に出れば人はいる。
車だって通っている。
騒がしく世界は回っている。
それなのに世界に一人しかいないみたいで
寂しくて崩れそうで怖い。
早くこの街から出て行きたい。
忙しなく胸を叩く心臓に怯えながら
早足でバス停へと向かう。
潮風が吹くバス停は懐かしさを鮮明に映す
早く来てくれ、と懇願するように
時刻表の前で俯いた。
貴方との想い出が深いこの場所に
長く居たくない。
何年も前の寂しさや虚しさが
溢れかえって、零れて、胸が張り裂けそうで。
俺にだって夢はあった。
自分の居場所がある家族を作りたかった。
温かくて、時に喧嘩もするけれど
ご飯の時には仲直りして笑い合えるような。
理想を思い切り描いた家族を作りたかった。
けれど貴方に恋をして、恋を告げて
恋が実った日から、その夢は叶わない。
それでも良いと思ったんだ。
貴方の隣が俺の居場所ならそれで良かった。
けれどそれは全て俺の独り善がりで、
世間はそうはさせてくれない。
甘くない、と頬を打たれたって
そんな痛みも耐えれると思っていたのに。
たった少しの事で
貴方にとっては幸せになれるような事で
俺は簡単に崩れて落ちこぼれて
なにをしてるんだ、と自問自答を繰り返して。
誰も幸せに出来ない自分が嫌いで
逃げたくせに
未だに俺は、何一つ解決出来ないまま。
あの夏に取り残されたまま、
歳だけ取って足踏みさえせずに
指を加えているだけだ。
動こうともせずに、またこうやって
逃げようとしている。
こんな自分は嫌だと思うのに
早く逃げたくて堪らない。
脂汗が額から流れる。
暑さで息が詰まったのか、呼吸が浅くなる。
本当に弱いな、俺は。
自嘲するかのように鼻で笑って
地面をただじっと眺める。
下を俯いていれば幾分か楽だった。
何も見ないで済むから。
そうやって息苦しさの中バスを待つ。
影ひとつない地面に、突然影がさした。
「瀧」
聞こえた声は、聞き覚えがある。
心臓が更に速くなる。
身体中から汗が噴き出す。
その影は俺の影のすぐ隣にある。
顔を上げたら死んでしまう、
そんな気がして上げられないまま。
「瀧、俺の事忘れたの?」
その言葉に腹の底から黒いなにかが溢れた
忘れた事など一度もない、
忘れたのは、どっちだよ。
そんな気持ちが溢れてバッ、と顔を上げてしまった。
上げてしまってすぐに後悔する。
よく知っている顔、姿。
忘れた事など一度も無い、貴方。
蜃気楼が揺れる中、
貴方は笑って俺を見つめていた。
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