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第2話

あれから、何度か夏が来た。 俺もいい歳になった。 貴方もあの街でいい歳になって、 お嫁さんと子供でもいるのだろうか。 残念な事に、俺の中にはまだ貴方が 輝いているのです。 「瀧、お前お見合いでもしねぇか」 「お見合い、ですか?」 「お前もいい歳だろう」 逃げた先でそれなりに生きて それなりの会社に職に就いた。 後輩も出来た。 浮かないように、けれど誰にも 忘れられない程度の存在感を保ちながら 俺は28歳を迎える。 いい歳だ、本当に。 もう忘れたっていいだろう もう前に進んだっていいはずだ 分かっている。 分かっているのに、俺はまだあの夏にいる。 若かりし頃のあの夏に。 部長に持ちかけられたお見合い話は蹴った。 相手に申し訳ないから、などと 綺麗な言い訳を添えて。 あといくつの夏を過ぎれば 俺は貴方を忘れられるのだろう。 貴方にはとっくに、忘れられているのに。 時折、夢で見る。 貴方に「愛してる」と囁かれる夢を。 俺も貴方に触れて、「俺も」と答える。 けれど貴方は決まって顔を歪めてこう言うのだ。 「俺とお前は親友だろ」と。 そこでいつも目が醒める。 嫌な汗をかいて、息を荒くして 夢で良かった、と胸を撫で下ろす。 夢のようで、夢ではないのだと気付くのは 脳味噌が覚醒し出してからだ。 貴方はどんな大人になっているのだろう。 きっと、いい男になってるんだろうな。 貴方はよく人を見ていて、 優しくて、でも時に厳しくて よく笑う人だった。 男前の顔に似合わず甘党なもんだから コーヒーにはいつも角砂糖を2つ。 ケーキはショートケーキが好き。 コンビニに行くといつも買うのはシュークリーム。 炭酸は苦手な癖に夏になると サイダーを買って、飲み切れなくて 炭酸の抜け切った甘ったるいだけの飲み物を 「あまい!」と嬉しそうに飲む。 その炭酸が抜け切ったサイダーを 飲み干したら必ず貴方は決まって言う。 「来年の夏も瀧とこうしてたい」と。 もう、二度と叶わない 貴方の願いを未だに俺は覚えてる。 あの街には二度と帰らない。 そう決めて出たけれど そうも行かない事があった。 俺の弟が結婚するらしい。 その式に出席くらいしろ、と母から 連絡を受けたのだ。 もともと両親とは折り合いが悪かった。 本当の父は俺が2歳の時に他界しており 母が再婚したのは8歳の時だ。 再婚相手の男は優しい人だったが 人見知りが激しい俺は懐かなかった。 それがいけなかったのか、再婚から1年後、 母とその再婚相手の間に子供が生まれると 俺の居場所はみるみるうちに消えてった。 懐かない前の旦那の子供より 自分の血を継ぐ子供が可愛いのは当たり前で 俺が懐かないあまりに再婚相手に 気を遣いっぱなしだった母も 弟が生まれて安心しきったのだろう。 その弟もあまり俺が好きではないらしく いつも俺の事を「あの人」と呼んでいた。 兄弟らしい事など1つもしていないのに 結婚式に行くなんてどうなんだ、と思ったが 世間体だろう。 家族に恨みなど無かったし、 急に大学を辞めて家出同然に街を出た為 親孝行のひとつもしていない。 これくらいは、やらなければならない。 貴方がまだあの街にいるとは限らないよな、 なんて思いながらも 心の奥底で、期待している自分がいた。 情けなくて反吐が出そうだ。 モヤモヤとしていれば、 随分懐かしい景色が窓に映る。 代わり映えのしない街並み。 貴方と過ごし、貴方を色濃く残す街。 心臓が煩いほど、胸を叩いた。

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