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懐かしい夢

放課後、ラフなTシャツにだらしなく前を開いた学ランを着た少年が校内の廊下を歩いていた。 少年と呼ぶには、すでに大人顔負けの体格と男の色香を持ち合わせていた。 17歳の頃の志狼だ。 身長は190を超えており、逞しい体格をしていた。 体格の良さは祖父と父譲りだった。エキゾチックな青い瞳は母に似ていた。 廊下にたむろしていた不良達が志狼に気付き、立ち上がって挨拶をする。 「前園さん! お疲れっす」 「竜蛇は?」 「理科室に……えっと、今、ちょっとお楽しみでして……」 不良の一人が、しどろもどろに答えた。 面倒くさそうにため息を吐き、志狼は理科室へ進む。 不良達は何か言いたげだったが無視をした。 理科室の前に着くと、中から派手な喘ぎ声が聞こえてきた。 志狼は理科室のドアを、ガァン!と蹴り上げた。竜蛇には「さっさと済ませろ」と、伝わるだろう。 ボソボソと低い声がし、直後に悲痛な程の喘ぎ声が響きだした。 『あぁああッ! こんな、嫌ァ!……や、めて! 竜蛇君ッ!!』 またボソボソと聞こえ、喘ぎ声が甘ったるくなった。 『あ! あ!……すき……好き、ひぃあ!……た、つだ君……あぁ、ああ────ッ!』 絶叫のような喘ぎは、細く、長く続いた。 程なくして、理科室のドアが開き、乱れた服装の男が飛び出した。 志狼を見て、ハッとした顔をして、一目散に走っていった。 志狼は理科室に入る。部屋中に立ち込めたセックスの匂いに眉をひそめた。 竜蛇は志狼に背を向け、ズボンのベルトを締めていた。 一切の無駄なく鍛え上げられた背中に、見事な入れ墨が彫られていた。 アルビノの赤い目の白い蛇と、金の目をした黒い蛇。巨大な二匹の蛇が互いに締め付けあい、絡まっている。 殺し合っているようにも、交わりあっているようにも見えた。一種の艶画のようだ。 セックスの後の少し汗ばんだ肌が、蛇の鱗を生々しく見せていた。 「志狼も入れたくなった? いい彫り師、紹介しようか?」 竜蛇が振り返る。 「いらん。それよりお前、さっきの……」 「ああ。理科の幸村先生。理科室でヤルと、燃えるんだよ」 「悪趣味め」 竜蛇はヤクザの跡取り息子だ。 整った美しい顔をしていて、喧嘩がめっぽう強い。 悪い男が好きな奴からは、絶大にモテたが、竜蛇は自ら股を開く相手に興味は無かった。 竜蛇はノンケか嫌がる相手をモノにして、堕とすのが好きなゲイなのだ。 志狼にとって、セックスは互いに楽しむスポーツ感覚だったので、竜蛇の歪んだ性癖は理解できなかった。 「人を呼び出しといて、サカってんなよ」 「ごめんごめん。ちょっとした時間潰しのつもりだったんだけど」 竜蛇はシャツを羽織りながら謝った。 「明日、北の奴らを殺しに行くから、助っ人お願いね」 お使いでも頼むようにさらりと言った。殺すと言っているが、要は他校の不良達との喧嘩だ。 まぁ、竜蛇はいつも相手を半殺し以上の目に合わせるのだが…… 「ああ」 志狼は他の不良達のように竜蛇の下についているわけではない。 竜蛇は一匹狼の志狼を気に入り、なんやかんやと声をかけ、気付けば腐れ縁のような付き合いになっていた。 志狼にとって、喧嘩もスポーツ感覚で楽しんでいるのを知っている竜蛇は、デカイ抗争の時は決まって志狼に声をかけた。 いつの間にか、「西校の蛇と狼」と、セットで恐れられるようになっていた。 「志狼。飯食いに行く?」 「いや。今日は帰るわ」 志狼は理科室を出て、廊下を歩いた。 「前園!!」 向こうから、体育教師が走ってきた。 面倒くさい奴に捕まったと、志狼はため息をつく。 いつもジャージで竹刀を持ち、ブルドッグのような顔をした教師だ。不良生徒を竹刀でバシバシ殴るのだ。 だが、今日は竹刀を持たず、焦った顔は蒼白だった。 「前園! 大変だ……お前の……が…急いで……病…院…に……」 そこで志狼は夢から覚めた。 17の頃の夢など、久しぶりだった。 台所から味噌汁のいい匂いがしている。 ───ああ。だから懐かしい夢を見たのか。 志狼は布団から出て、大きく伸びをした。 鉄平を連れ帰ってから一週間が経つ。 居候させてもらうのだからと、鉄平は朝食だけは作るようになった。 とは言っても、昨日まではパンとコーヒー程度だったが。 志狼は料理しないので、調味料が何ひとつ無く、鉄平は昨日いろいろと買い込んできていた。 志狼は台所に入って、後ろから鉄平を抱きしめた。 「わっ」 「おはよう」 「お、おはよう、ございます」 志狼のスキンシップに、鉄平はいまだに照れる。それがたまらなく可愛い。 「あの。もうちょっとで、できるんで。顔、洗ってきて」 志狼は鉄平の頭にキスを落とし、洗面所に向かった。 大家族だった玉山家では、朝は和食が基本だった。トーストを人数分焼くのは時間がかかる。 お米なら、一気に全員分炊けるからだ。 兄弟達と当番制で朝ご飯を作っていた。 「おお。ちゃんとした朝飯だな」 志狼が顔を洗って、台所に戻ってきた。 今朝の献立は、ご飯と味噌汁、焼き魚、納豆、ほうれん草の玉子とじだ。 鉄平が照れたように笑ったので、志狼は今度は唇にキスをした。 「んんっ!」 大きな手のひらで頬を包み、小さな口内を舐める。 「ん、むぁ……だめだってば。仕事でしょ」 鉄平の抗議に、ちゅっと音を立てて唇を離して、鉄平と向き合って座った。 「いただき、ます」 手を合わせて言った鉄平に習って、志狼も手を合わせた。 「いただきます」 久しぶりに朝から味噌汁をすすり、志狼は懐かしい気持ちになった。

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