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Ⅰ:終
そもそも昔から俺は人の話を聞かないタチだったし、どんな時も“説明書”と言った物には触らずにやって来た。
だから勘違いや間違いも多々起きるわけだが、今回もその弊害が顕著に現れた。
「え、セックスしなくて良いんですか」
二度目の治療日。目の前の美形…栗原さんが、俺がシャツを脱ごうとボタンに手を掛けた所で“待った”をかけた。
「説明、受けたんだよね」
「えぇっと…多分、」
「パンフレットは?」
「……貰った、と思います」
「読んでないんだね」
栗原さんがハッと小さく息を吐く。呆れられている事実より、思ったよりも優しい話し方に気を取られていた。
「性交渉をするのは、婚約、または結婚しているパートナーだけだよ」
「え、何でですか? キスするより断然持続力有るんでしょ、精液って」
俺の明け透けな物言いに栗原さんは凄く微妙な顔をして、整えられた自身の髪を掻き混ぜた。
「待たせてごめんね! じゃあ、始めて良いよ」
俺の担当医が慌ただしくやって来ると、何故だかパーテーションを挟んで滞在する。
「何で先生も居んの?」
恥ずかしいんだけど、と呟く俺に、栗原さんは今度こそ大きく溜息を吐いて先生を呼んだ。
「もう一度ちゃんと説明してやって下さい」
◇
まず、センチネルはガイドが居なければ生きていけないが、ガイドはセンチネルが居なくても生きていけるって事が大前提としてある。
それだけセンチネルにとってガイドは必要不可欠な存在だが、その分、関わる毎に依存性も強くなる。
特にガイドの精液を取り込んだセンチネルは、その精液の持ち主であるガイドしか受け付けられなくなるほど依存する。“細胞が拒否する”とでも言うのか、他の人間の体液を受け付けられなくなるんだとか。
そんな体質を利用した、悪質ガイドによる洗脳的性犯罪も少なからず起きていると言う。だから医師が必ず治療の部屋に付き添う決まりになっているのだ。
生命力そのものをカラダに受け入れるんだから、センチネルがそうなってしまうのも無理はない気がした。
「勿論口からの摂取も駄目だよ」
「つまり…例え頻度は多くなっても、俺には唾液交換しか方法が無いってことですか」
「君たちは相性が良いみたいだから、一カ月に一度交わすだけで済みそうだけどね」
「でもこれって、死ぬまで続くんですよね?」
医師も、栗原さんも俺を見た。
「栗原さんが恋人とか結婚とかの関係で拒否したら、俺はまた別のガイドを探さないといけないんですよね?」
ガイドはセンチネルが居なくても生きていける。つまりそれは、ガイドはいつだってセンチネルを切り捨てられると言うことだ。でも、センチネル側はそうはいかない。
一生ガイドの施しを受けて生きなければならない。それも、好きではない相手から義務的な触れ合いを求めて。
ガイドのパートナーが出来れば一番幸せだ。だけどそんな確率、無いに等しい。
誰かを好きになっても、好きでも無いガイドにキスを強請らなければならない。そしてもしも…もしもガイドに叶わぬ恋をしてしまったなら。
「センチネルって、何か哀れですね」
今まで何となく生きてきたけれど、何の為に生きているのか本格的に分からなくなった瞬間だった。
パイプ椅子に座った俺に、立ったままの栗原さんが影を落とす。目を閉じぬまま流した俺の視線はパーテーションを捉え、その先の存在に背徳感を覚え身が震えた。
重なる唇。
この全身が浄化される感覚はやっぱり嫌いではないが、食む様にされても、舌を絡められても、無感情な触れ合いにエクスタシーは感じない。虚しいだけだ。
そうして虚無感溢れる俺に“第六感”なんて厄介なモノが目覚めたのは、栗原さんから四度目の治療を受ける少し前のことだった。
第一章:END
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