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終章:1

「んっ、ん…はっ、ん…」  俺の口を割り開きながら、栗原さんが俺の体を床へと寝かせる。少しでも多く“ソレ”を流し込む為の角度だと分かっていても、どうにも押し倒されている様に思えてカッと顔に血が上った。 「何かあったら直ぐ連絡しておいで」 「わ、分かった」  素直に答える俺に栗原さんが笑って俺の髪を掻き混ぜた。 「じゃあ、また明日」  玄関を出て行った栗原さんの背を扉が閉まり切る最後の最後まで見送った後、俺はその場に崩れ落ち頭を抱える。 「あーーーっ、もう!! 何だこれヤバイ」  栗原さんが自身の過去を語ってくれたあの日から、どうにも俺は可笑しくなった。  調子が戻るまではと近くのホテルに泊まり込み、毎日治療にやって来る栗原さん。  そう、それは“治療”でしかないはずなのに、合わせられる唇が今までと何か違う気がして照れくさくて仕方ないのだ。  流し込まれる唾液を嚥下する度に、細胞一つ一つへと行き渡り、染み込み、浄化されていく。そんな慣れたはずの感覚が、鳩尾の辺りや背筋にゾワゾワとした妙なモノを走らせた。  相変わらず彼の心だけは聞こえない。  それが不安でもあり、逆に安心でもあり、俺の心は余計に混乱していく。更に彼の触れ方が優しく変化したことで、混乱は混乱を招き収拾が付かなくなっていた。  彼女の代わりにしたい訳ではないと言った、その言葉が素直に嬉しかった。  心が読めないから本心かは分からないが、何故か栗原さんの言葉は信じられる様な気がした。  今まで散々な態度を取ってきた俺を、あの人は見捨てたりしなかった。  遠くから慌てて飛んできて、濡れる事にも、汚れる事にも躊躇いを見せること無く俺を看病してくれた。  その上落ち込んだ俺を慰める為なのか、聞かれたくない過去まで晒し、助けたいと言ってくれた。  店長との拗れた関係に疲れ、弱っていただけかもしれない。それでも、栗原さんのその姿は俺の中を大きく変えて行く。  そして、微かに伝わる彼の苦しみに心が揺れる。  何度も言うが、栗原さんの心だけは聞こえない。そう、聞こえないはずなのに、俺は確かにあの日、彼の心の叫びを聞いた気がした。 『ここから助け出してくれ』  差し出された栗原さんの手だけは拒絶してはいけない。この手を放してはいけない。彼を孤独から引きずり出してやらないと…  そんな、妙な気持ちに駆られたのだ。

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