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終章:2
◇
「何かあった? 元気ないね」
毎日来てもらう様になって何度目かの治療の後、堪えきれず漏れた溜め息を栗原さんが拾い上げた。
体調はすこぶる良い。そりゃ、何たって毎日浄化して貰っているんだから。ただ、その後に待つ現実が俺を追い詰めていた。
「例の店長?」
「……うん。もう、あからさまに俺を嫌ってる。それが覚悟してた以上にキツくてさ。ごめん、栗原さんにこんなこと言ったって困るよな」
へへっ、と無理して笑えば、それを見ていた栗原さんが眉を下げる。
「好きなのか? その人のこと」
その言葉に俺はビクッと肩を揺らした。
「ハッキリ聞いてくんのな」
「…………」
何も言わずジッと見つめてくるその目に抗えず、俺は再び大きな溜め息を吐いた。
「正直分かんないんだ。好きなのかもって思った事もあるけど、単なる憧れの様な気もするし。でも、やっぱ嫌われるのは…辛い」
だからって、好きだったのかどうかはまた別で、頭も心もぐるぐると渦巻いて気持ちが悪かった。
ハッ、と短く笑って俯けていた顔を上げる。
「ぎゃっ!?」
先ほどまでもう少し遠くに居たはずの栗原さんが、何故か目の前にいた。そうして彼が俺の顎を掬い上向かせる。
「好き、なのかもね」
「へ…?」
「けど、そんな男はお勧めできない。止めておけ」
「えっ、へ……っ!?」
キスされていた。
ちゅっ、ちゅ…と啄むだけの簡単な触れ合い。それでも俺の全身は燃え上がったみたいに熱くなって、思わず栗原さんの髪を引っ張った。
「痛っ、」
「なっなっ、な、何してんの!? ちっ、治療は済んだだろ!?」
「治療はね。でもこれは治療じゃないから」
「はひっ!?」
髪を掴んだ手をそっと外させられたかと思えば、またキスをされる。
「ちょっ、んっ、ちょっと待っ! …ふんっ、んんっ、」
ジタバタと暴れる俺を、栗原さんが面白そうに目を細めて見ている。
「んんんん! んっ! ぷはっ!! ぁああアンタぁ! おもっ、面白がってんだろ!!」
激しく怒る俺に悪びれもせず笑ってみせる栗原さんは、とんでもなく悪い顔をしていた。
「信じらんねぇ!まさかアンタがこんなタチの悪い事するなんて!!」
「別に悪戯した訳じゃ無いんだけどね」
「は…」
「変な男にくれてやるには惜しいなって、思っただけなんだけど」
「はっ、え…はっ!?」
(可愛いなぁ…)
――ボンッッ!!
「ひぇえ!?」
「あれ、オイっ!」
初めて飛んできた栗原さんの小さな心の内が、更に俺に追い打ちをかけ…俺はのぼせ上がりぶっ倒れた。
かっこ悪すぎる。
『俺の家へ引っ越す気は無い? 部屋は幾つか空いてるし、何より、お互いが今よりずっと楽にケア出来る』
帰り際に出された驚くべき提案に、俺の心はグラッグラに揺れていた。
仕事と言っても俺の立場など直ぐに代わりがきいてしまうし、しがみつく程誇れるスキルもない。辞めると言えば、直ぐにでも許可が下りるだろう。
両親とはほぼ絶縁状態で、頼りにしていた店長との関係も既に破綻している。断る理由など何もなかった。
それに幾ら国からの補助が有るからと言っても、月に何度も遠くから来るのは栗原さんが大変だし、仕事や私生活にも支障が出るんじゃないか、とか。そんな事は正直に言えば建前だ。
俺は多分、栗原さんに惹かれてる。それも、恋愛感情を含んで…だ。
あんなに見た目がよくてモテそうな人、俺には不釣り合いだって分かってる。それでも優しく触れられればどうしようもなく期待してしまうし、彼もまた、その手で救いを求めている気がするのだ。
俺はその手を、掴みたい。
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