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終章:3
◇
「おい、退けよノロマ」
退くのを待たずにぶつかって来る相手は、あれ程親切だった店長だ。
「すっ、すんません…」
俺がオドオドと怖がるのが余計に腹立たしいのか、店長の心の中は最早嵐みたいに荒くれている。正直ここでの仕事には限界を感じていた。
こうして俺が邪魔者扱いされるのは、その責任の大半が俺にあると分かってる。
人と関わるのが苦手で、苦情は無いものの笑顔で接客とは程遠い対応。フォローはするよりもされる事が多く、何をやっても要領が悪いと来たら疎まれるのは当たり前のことだった。
それでも…それでも、矢張りここまで風当たりが強いのはキツイ。それも、今まで良くしてくれていた人に掌を返されたのであれば余計に哀しみは深かった。
俺が店長を変えてしまったのだろうか?だとしたら、尚更ここに居てはいけない気がする。
「あの、店長…」
「あ"?」
「上がりの時に、ちょっと話、良いですか」
◇
「……で、辞めたいって?」
「もっ、勿論今すぐじゃなくて、代わりの人が見つかってからですが、俺、ッ!!」
言い切る前に、店長に髪を鷲掴みにされた。
「いたっ! 痛いっ、店長!」
「今まで良くしてやって来たのに、用無しになったらハイ、サヨナラか?」
「違っ! 用無しなんて思って無いっスよ!」
「嘘つくんじゃねぇよこのクズッ! センチネルぅ? ガイドぉ? 何だよお前、ガイドに身も心も支えて貰ってるってか? あ?」
「ぃ"あ"っ!!」
髪を掴まれたまま思い切り壁に押さえ付けられる。庇うこともままならずおでこを打つけ、視界がクラクラと回った。
「良い女なのかよ、あ? 治療とか言ってガンガンヤらせて貰ってんだろ!?」
掴んだ頭を何度も壁に打ち付けられ、打つけたとこから血が滲む。
店長が何でこんなにキレてるのか訳が分からなくて、只でさえ痛む頭はぐちゃぐちゃにパニックを起こしていた。
辞めると言ったら、サッサと切られると思っていた。喜びはされても、引き止められることも、まさかこんな風に逆上される事なんて考えられなかった。
俺が、俺みたいなクズが、女性とシてるのが気に入らないのか? 羨ましいとでも思っているのだろうか? だったら、それは否定しなくては。
「ちがっ、お…女じゃない」
「あ!?」
「俺のっ、ガイドは…男ですから!」
途端、ピタリと止まる店長の暴力。
「お前のガイド、男なのか…?」
「は……はい、」
だから、そんな良い話じゃない。
そう言おうとしたのに、何故かその場の空気は更に温度を下げた。
「体液摂取…」
「えっ、」
「ンだよテメェ…男と…ヤッてんのかよ…」
「へ…? 痛っ!」
掴まれていた髪を掴む手の力が再び強くなり、今度は体全体をピッタリと壁に押し付けられた。何をされるのか分からず壁にへばり付くと、途端に外されるベルトの金具。
「てんっ、てんちょっ、」
「黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れクズ!!」
「ぅあああぁあっ!?」
ズボンと下着の間を縫って入って来た手が、直に俺の中心を握り込んだ。壁にしがみ付いた俺の手が恐怖で爪を立て傷を付ける。
その体に覆い被さるようにして店長が密着してくると、尻に硬くなったものがグリッと押し付けられた。
「ひっ!!」
「もう何回もここに咥え込んだんだろ!?」
「ちがっ、してないっ、してない!」
「一回くらい俺にもヤらせろよっ、なぁ!」
一気にずり下されるズボンと下着。外気に触れた肌の感覚で、尻を曝け出されたのだと知った。
体格の良い店長に、貧弱な体は簡単に押さえつけられたまま動けなくなる。
振り向くことさえ出来ずただ喚いていると、俺の耳は遠くから聞こえた微かな音を拾った。
店内の方で、誰かが叫んでる。
それでも直ぐに意識は首に当たる荒い息、ベルトを外す音、尻の間に当てられた、硬くて熱い何かに持って行かれた。
嫌だ、止めろ。
「ひぃやっ、ぃ嫌だぁああぁっ!!」
バリバリと壁を引っ掻く音だけが、やけに大きく耳に響いた。
襲い来るはずの痛みに目を閉じたのも束の間、不意に軽くなった背中を振り向けば店長が床に転がっていた。ピクピクと痙攣しているように見える。
「て…てんちょ…」
驚いて近寄ろうとするが、それは別の誰かの手で食い止められる。
「気にしなくて良い」
「くり……はらさ…」
長めの髪を乱した栗原さんが、もの凄くラフな格好で息を切らして立っている。その後ろには、レジに居たはずのバイト仲間が、驚きの表情を戻せず突っ立っていた。
「ズボンと下着、戻して」
何がどうなっているのかも分からず、俺は子供みたいに栗原さんに言われるまま動いて身嗜みを整えた。店長はまだ、床に倒れてる。
「大丈夫、潰れたかもしれないけど生きてるから」
何が? とも聞かずにブルッと震えたのは、栗原さんの後ろに立っているバイトだった。
俺は店長が栗原さんに何をされたのか分からぬまま、震える手を引かれ店を後にする。
暫く歩いた後、遠くから救急車の音が聞こえた。
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