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1 千幸

兄が結婚したのは5年前のことだった。 当時付き合っていた彼女に子供ができたとかで籍を入れて、急だったから結婚式はなし、その分生まれてくる子供との生活のために使おうって二人で決めたんだ、と二人幸せそうに笑っているのが印象的だった。 しばらくして子供が生まれて、その子の名前は奥さんの名前「千春」と、兄の名前「友幸」から一文字ずつ取って「千幸(ちゆき)」とつけたと教えられた。 子供を、姪っ子を見に家に遊びに行った。兄も千春さんも幸せそうだった。そんな普通の幸せが少しうらやましかったりもした。オレにはない人生だとあきらめていたから。 千幸が2歳になったころ兄夫婦は離婚した。 千春さんがどうして出ていったのかオレはわからない。あんなに仲良し夫婦だったのに。 兄は一生懸命千幸を育てていた。仕事と子育ての二足の草鞋を一年ほど続けていた。 そして、兄は失踪した。 その日は千幸の3歳の誕生日だった。誕生日プレゼントをもって兄の家を訪れた。兄が千幸のために用意したケーキにはロウソクが付いていなかった。スーパーまで買いに行ってくるから留守番していてくれ、と言われ千幸と二人で待っていた。 兄はそのまま帰ってこなかった。

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