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第1話

子供の頃から病弱だった。 両親の笑った顔を見た事がない、いつも疲れた顔をしている。 子供ながら分かっていた…自分のせいだと… もう治らない余命わずかな息子の世話なんてうんざりなのだろう。 両親を解放するには自分が死ぬしかない、生きている意味なんてないから… でも、そんな勇気はなかった。 窓の小さな世界と真っ白な病室ぐらいしか見た事がない。 外から子供達がはしゃぐ声が聞こえる、もし自分が普通の子供だったらきっと今頃仲の良い友人達と高校生活を送っていただろう。 叶わない夢だと分かっていても…それでも… 桜が舞うのを眺める、ちょっとしたお花見気分だ。 夏になったら緑色の葉が美しく暑い季節がやってくる。 …それまでに生きていればいいのだが… 余命は後1ヶ月に迫ってきていた。 もう両親は来ない、後は死を待つだけだ。 病室のドアが開いた、医者だろうかとドアの方を見ていた。 ドアを開けたのは真新しい制服に身を包んだ妹だった。 肩まで長い健康的な茶髪が揺れて近付く。 「お兄ちゃん!元気?」 「…はは、まぁ今は体調はいいよ」 妹は余命の事を知らないから明るく見舞いに来てくれる。 両親がなんて言ってるのか分からないが、ありがたかった。 一人でも明るく接してくれる人がいる方が嬉しい。 医者ですら腫れ物を扱うような感じだし… 妹は花瓶を持ち持ってきた花を生けるために病室を出ていった。 一つ違いの妹は今月から高校生になった。 死ぬ前に妹の制服姿が見れただけで良かった。 ネガティブだった心が少しでも落ち着いた。 妹が綺麗な花が生けてある花瓶を持ち戻ってきた。 「学校楽しいか?」 「うん、陸上部に入ろうって思って…お兄ちゃんも早く治して一緒に学校行こうよ!」 妹の純粋な言葉に苦笑いする、学校…行けたらいいな。 妹は思い出したように手を叩きカバンの中を探っている。 あまり居ない方がいいのではないか、両親はきっと妹がこの場所に来る事をいいとは思ってないだろうし… カバンから出てきたのは携帯用のゲーム機とソフトだった。 テレビでよくこのゲーム機のCMが流れてるのを知ってるがやった事はない。 ゲーム機とソフトをベッドの横のサイドテーブルに置いた。 「お兄ちゃん、病院生活で退屈だと思って…ゲーム持ってきたよ!」 「……学校にゲームを持っていくのは」 「ち、違うよ!一度家に帰ってから来たの!」 必死な妹にクスクスと笑った。 ゲームのパッケージを持ち眺める。 見目が良い男が数人こちらを向いて手を差し伸ばしている絵だ。 軍服のようなものを着ている、何のゲームだろうか。 RPG?そういえばCMでやっていたような気がするがCMは流し見しかしないから思い出せない。 裏を見ると主人公と書かれた可愛らしい茶髪の少女がいた。 お姫様だろうか、ドレスを着ている。 「このゲーム、第三作まである大人気ゲームなんだよ!もうフルコンプしたからお兄ちゃんに貸してあげる!お兄ちゃんにも出来そうだから大丈夫だよ!」 「…これはどんなゲーム?」 「乙女ゲーム!」 妹は嬉しそうにそう言う。 乙女ゲームの事を全く知らず首を傾げていたら「とにかくやれば分かるよ!」とゲームソフトをゲーム機にセットする。 ゲームをした事がない自分でも出来るなら安心した。 RPGはちょっと難しそうだと思ったが、どうやら違うようだ。 戦うイラストはあるが、戦うシステムは載ってない。 三作もあるらしく終わったらまた新しいの持ってくると妹は言い病室を出ていった。 妹のために死ぬ前に全部クリアしたい。 ゲームを起動した、キラキラしたOPが流れる。 外に出れないから少しだけ外に出れた気分になった。 ――ー ゲームを全てクリアした感想は、恋愛ゲームだったのかという事。 CMでも大人気ゲームだと紹介されていた。 確かに内容は面白かった、女の子向けだけど… ちょっと過激なシーンもありその時はドキドキした。 携帯用のゲーム機でもああいうのがあるのか、知らなかった。 続編もやってみたい、そう思って妹が何時見舞いに来るか楽しみだった。 ピッピッと機械音が耳元で聞こえる。 息が苦しくて目を開けている事しか出来ない。 両親はとてもホッとした顔をしていた、初めて見た顔だった。 妹はベッドにしがみつき泣いていた。 やがて医者が手で目を覆う…あぁ、もういいんだ…誰かを悲しませるだけの人生が終わる。 良かっ…た… 機械音がなくなり、彼は死を迎えた。 17歳の短い人生だった。 生まれ変わったら健康的な体で外を走り回りたい、あの乙女ゲームのように誰かと恋をして結婚して…幸せになりたい。 何処かで泣いている声が聞こえる。 しくしくと泣く声は響いた、妹ではない…誰の声だろう。 「可哀想に、生きる希望もなく死んでしまったのですね…貴方の願い、叶えましょう」 誰かがそう言った、その時視界が眩しくなった。 天国に行けるのだろうか、だとしたらとても嬉しい。 生まれ変わったら、誰かに迷惑を掛ける人生ではなく誰かのためになる人生を送りたい。 そう強く願った。

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