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第20話

しつこいキスから解放され息を吐く。 天下のトーマ様がこんな変態でいいのか? 痛かったのか腕を押さえていた、とりあえず寝ぼけ目から起きたみたいで良かった。 トーマは俺を見て首を傾げていた。 ……首を傾げるのはこちらの方だと思うんだけどな。 「…誰だ?」 「えっ、あっ…その…こんなところで寝たら風邪引くぞ」 疑った顔で見るからなんて言えばいいのか戸惑う。 まさか貴方に襲われましたーっとか言うわけにもいかないし… トーマは無自覚だし、俺だって男だから男に襲われたとか言いたくない。 子供の頃とはいえ、昔出会った事を忘れているのか。 俺は髪色でトーマだと分かるがトーマは凡人の見分けがつかないから分からないのも当然だ。 それに好都合だ、変にゲームが変わったら混乱する。 …この出会いが既にゲームを変えてる気がする。 「……もう3日寝てたのか?」 「3日!?こんな外で!?本当に大丈夫か?具合悪くないか」 「……いや」 トーマは立ち上がり、服に付いた土や草を払った。 見た目は何ともなさそうだが、一応病院に行った方がいいよな。 そう思っていたら草を踏む足音が聞こえた、誰かがこちらに近付いている。 だんだん近付くと「トーマ様!」という声がした。 トーマの知り合いだろう。 今トーマが騎士団に入っているのか分からないがもう一人と出会うと大変なパニックになってしまう。 後ずさるとトーマが気付いた。 「そういえば名前…」 「…は?名前?」 「聞いてない」 そんな呑気に自己紹介なんてしてたら鉢合わせる! それに迂闊にアルトだって名乗るわけにもいかない、すぐに調べればシグナムの息子だと分かり早めに殺されたら大変だ。 なんかこの世界、ゲームよりいろいろと早い展開だし…まだ死にたくはない! 「ごめんなさい!」と頭を下げて逃走した。 トーマは引き止めようと手を伸ばすがその手は風を掴むだけだった。 まさかあんなところにトーマがいるとは思わなかった。 あの黒猫達はいつの間にかいなくなっていた、突然現れた魔法陣のせいだろうか。 …魔法陣、あれはいったいなんだったんだ。 そういえばゲームのスチルでヒロインとキスをした攻略キャラの足元にも同じようなのがあったっけ。 でも色が違う、ヒロインの魔法陣の色が赤で俺が見たのは黄色だった。 この魔法陣になにか違いがあるのか。 いろいろ俺の知らない事を知っているグランは今何処にいるか分からない、ゲーム的に騎士団に入ったんだろうがそれを調べる事は出来ない。 あと頼れる大人はガリュー先生だ、もしかしたらなにか変な病気かもしれない。 そうと決まればガリュー先生に会いに行こうと思った。 実家にいるだろうが両親に会わないようにこっそりと行けば何とかなるだろう。 実家なのにまるで泥棒みたいだな、と苦笑いする。 王都で1,2を争うほど目立つ豪邸の前に立っていた。 インターホンを押したらさすがに両親にバレるよな…何とも思ってないだろうけど俺は緊張で手が震える。 母が泣いていた、父が他人のふりをした…生前の両親とも被る。 死んだら、生前の両親のように喜んでくれるのかな。 ……死ぬ事しか親孝行出来ないのか。 インターホンを押そうとした手を降ろす。 帰ろう、学校の図書室は小さいが自分で調べればいい。 実家に背を向けたら静かな場所で声が響いた。 「アルト様」 その声は機械のように冷たい声だった。 後ろを振り返るとそこには黒髪ショートカットのメイドがいた。 初めてメイドに声を掛けられ目を丸くした。 メイドは気にせず俺に近付いた。 その顔には何の感情も感じられなくてちょっと怖かった。 メイドが俺の事を知ってたのも驚きだが、何の用かと身構えた。 「お嬢様がお呼びです」 そう言い俺の腕を掴み俺の拒否を聞かぬ速さで歩く。 手から伝わる冷たさに震えた。 シグナム家のメイドの彼女がお嬢様と呼ぶという事は100%姉だろう。 そういえば姉の下僕になっていた事を思い出す……とうとう初仕事か。 メイドは何処に向かってるのか言わず家の中に入った。 てっきり姉の部屋に行くと思っていたが、別の方向に歩いていた。 そして来たのは、入った事がない扉だった。 入った瞬間大きな音が響き驚いた。 メイドは本物のロボットだと言われても納得してしまうほど身動ぎもせずまっすぐ見つめていた。 カラカラと床を回っているのは大きなボウルだった。 何かをかき混ぜていたのだろうか、中身の赤い液体が真っ白な綺麗な床を汚した。 「やっぱ私には料理なんて無理!」 イライラしているのか調理器具を散らかしている。 ここは家の厨房だ、よく姉はつまみ食いをしに厨房に入っていくのを見かけたが俺はシグナム家専属のシェフの料理は食べた事がない。 俺のご飯はいつもグランが作ってくれたし、グランがいなくなってからは使用人が市場で買ってきた栄養バランスめちゃくちゃな料理しか食べていなかった。 俺はそれで良かった、グランの料理はどんなに有名なシェフなんかより美味しかったから… 初めて見る厨房に料理をしているからか興味があり見て回りたいがそれより姉が心配だった。 テーブルの上にはお弁当箱がある、お弁当を作るつもりだったのか。 「お嬢様、アルト様をお連れしました」 「遅い!どんだけ待たせるの!?バツとして床を綺麗に掃除しなさい!」 バツじゃなくても掃除するつもりだったと言ったらまた怒られるだろうか。 …姉がなにで怒るかまだよく分からない。 メイドに雑巾を受け取り床を掃除する。 この赤いのはなんだろう、ちょっとゴロゴロしてて果肉が見える。 ジャムだろうか、さすがに綺麗にしてても床に落ちたものを舐めて確かめる勇気はない。 ジャムは原形があるから掃除しにくいなと思っていたら頭の上から姉の声がした。 「それが終わったらとびきり美味しいお弁当を作りなさい!アンタ、料理得意なんでしょ?」 「…は、はい」 調べていたのか、さすが姉だ。

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