61 / 104
第61話
薄暗い室内、部屋というには家具らしき家具はなくただ壁一面に巨大なモニターがあるだけの奇妙な部屋だった。
そのモニターには今回のターゲットである英雄ラグナロクのプロフィールが並んでいた。
0歳から今まで何処で調べたか分からないがかなりの情報量がモニター一つにおさまっている。
一文字一文字追いかけていたら目が回りそうだ。
英雄ラグナロクはトーマイベントの一つに過ぎなくて英雄ラグナロク自体のストーリーはトーマの回想に少し出るくらいで俺もよく分からなかった。
敵国に情報を売るスパイの悪い人と昔父を負かした英雄、それだけが俺の知る全てだった。
「英雄ラグナロクが敵国であるフェランド王国に我が国王都の情報を売った疑いがある」
周りからはラグナロクへの不満、怨み言が飛び交う。
この場にいる何人かは父と共に戦い敗れた騎士が混じっている。
個人的にもシグナムに忠誠を誓う心にもラグナロクを怨む気持ちがあるのだろう。
俺は父達の戦いは知らないが、王都の情報を売るのは王都に住む人々が危険に晒される危険性がある。
……だから英雄ラグナロクにはちゃんと罪を償ってほしい。
そのためにも父の企みを止めなくてはならない、必ず。
間違っても英雄ラグナロクを利用して王都に戦争を起こさせてはいけない。
「これを見てほしい」
父はそう言い横にいる母に目で合図した。
黒い髪が腰まで長いのをポニーテールで結び、チャイナドレスを着ている美しい女性…それが母だ。
黒い髭が特徴のガタイのいい山男みたいな父…姉は間違いなく母似だろう。
どちらとも似ていない俺はシグナム家からはみ出された異端児のようだった。
どちらかに少しは似ていたら、ちょっとは両親に愛情をもらえたのかな。
…いや、そもそも魔力0の時点で両親は俺はいらない子だから希望を持っちゃいけないな。
母はモニター前に向かいなにか操作している。
モニターは英雄ラグナロクのプロフィールから映像が変わり何もない大地を写した。
父の説明によるとこの場所は王都とフェランド王国との国境線だと言う。
王都から出た事がなかった俺は王都以外の土地を見るのはこれが初めてだった。
少ししたら映像は動き二人の男が写し出された。
一人は何処かトーマの面影があるダンディな男性だった。
彼が英雄ラグナロク…
そしてもう一人は金髪で落ち着いた装飾品を身に付けている西洋の軍服を着ている美男子だった。
その赤い瞳は何処か冷たい印象を受けた。
「もう一人は言わずもがな英雄ラグナロクだ、そしてこの金髪の男はフェランド王国の第一王子にして騎士団長のレイズ王子だ」
「…王子」
俺が呟くと騎士さんはチラッとこちらを見たがまた前に向き直った。
彼はゲームに登場しただろうか…どうだったか分からない。
このイベントはスチルがなく会話だけで進行していたから確か王子ではなく英雄ラグナロクと取引をした敵国の騎士としか説明されてなかった。
ゲームでは敵はシグナム家だけだった筈、もし敵国の王子が現れたらゲームで敵になっても可笑しくない。
じゃあ彼の行動は予想できない、ゲームの進行の脅威になるのか…それとも敵国の王子とのイベントはなく終わるのか。
そして二人だけだと思っていたらもう一人画面に現れた。
全身を黒いローブで身にまとった長身の男。
俺は何故かゾクゾクと嫌な予感がしていた。
黒いローブの男がこちらを見ている…撮影したカメラを見ている筈なのに俺を見ているような気味の悪い感覚がこびりつく。
この男は撮影したカメラに気付いているのか?気付いていて何事もなくただそこに立っていた。
父は黒いローブの男の説明はなく話を続けた。
……そうだ、シグナムの目的にあの男は関係ないんだ。
深呼吸をして落ち着かせて前を見た。
ふと横にいる騎士さんを見ると騎士さんは険しい顔で画面を睨んでいた。
どうかしたのだろうか、このシーンはゲーム通りの筈なんだけど嬉しくないのか?
「これは王都の情報と引き換えに報酬を貰う決定的瞬間だ!」
父は部屋中に響き渡るほど大きな声でそう言った。
英雄ラグナロクは資料が入ってそうな大きな茶封筒を王子に渡し王子は分厚い小さな茶封筒を英雄ラグナロクに渡した。
その場で二人は中身を確認した。
王子の手にした大きな茶封筒には白い紙が数枚入っていて英雄ラグナロクの手にした小さな茶封筒にはかなりの額のお金が入っていた。
この場面を撮られたら言い逃れはまず出来ないだろう。
お金に困っていたのかな、それでもやっていい事じゃない。
この行為は英雄ラグナロクが騎士団長を辞めてしばらくしてから続いているという。
頻繁ではないにしろ数十年間ずっと情報を流されている、向こうの国は王都の情報を沢山持っていていつでも戦争を起こせると言う。
そこに父は目を付けた、この王都を支配するために今までずっと英雄ラグナロクを泳がせていた。
この事実を国民が知れば英雄は神話もろとも跡形もなく消え去る。
英雄ラグナロクを王都の騎士団より早く捕らえこの映像で脅し取引現場まで案内させる。
そしてのこのこやってきた取引相手の王子の目の前で英雄ラグナロクを殺す。
向こうにとって情報を流す相手がいなくなり少しだけ惜しいと思うが英雄ラグナロクが死んだところで眉一つ動かさないだろう。
そこで敵国を挑発する。
何も情報を流したのは自国の人間だけじゃない。
俺は息を飲んだ。
まさかこちらもフェランド王国の情報を持っていたなんて初耳だ。
この話は結局戦争は起きずに終わるからシグナム家がどうやって敵国を挑発するのかとか詳しい話はなかった。
……そりゃあそうか、フェランド王国も愛国心がある国民ばかりではないのは当然か。
しかし、シグナム家は改めて恐ろしいと思う。
英雄ラグナロクだけではなく、まさか敵国まで脅すなんて…
きっとフェランド王国は情報が洩れている事を知らない。
知ったら脅威になる王都を滅ぼしに掛かるだろう。
そこで戦争だ。
王都の国王の居場所をフェランド王国に流し殺してもらうと恐ろしい言葉を父は顔色を変えず伝える。
自分が国王になるためには今の国王が邪魔なのだろう。
それを真剣に聞き目を輝かせてシグナム家が王都のトップになる事を望む周りが異様だと思った。
俺は、この場所に立っているべきじゃない…この場にいる人達と正反対の事を望んでいるから…
でも聞かなきゃ、俺が何をするべきか考えるためにも…
シグナム家は王族の次に権力がある一族だ、王族が死んだ時…国民はシグナム家に頼るしかないだろう。
騎士団はきっとその時国王を守り共に命を落とすまでセットで考えているのだろう。
シグナム家は力で国民を押さえつけ、支配者になる計画だった。
誰も幸せにならない未来、シグナム家だって支配者にはなれるかもしれないが今以上に国民に怯えられ孤独となる…そんなの寂しすぎる。
ギュッと拳を握る。
ゲーム通りにいくがそれじゃあダメだ、英雄ラグナロクはゲーム内でも死んでいる。
ちゃんと生きて罪を償わなくてはいけない。
俺が止めなきゃ…俺だけがゲームを変えられる筈だ、そう思った。
「作戦は明後日だ、英雄ラグナロクが動き出す…その前に各自の役割を覚えておけ」
『はいっ!!』
声が響く。
俺と姉は途中で万が一邪魔が入りそうな時の対応のための見張りだった。
しかし姉はともかく俺は何の力もない、どうすれば良いんだ?
ぞろぞろと会議室から出る人達を眺めていた。
俺も戻ろうと入り口に向かうと呼び止められた。
凛とする透き通った美しい人を魅了させる声、俺の名を呼ぶその声を久しぶりに聞いた。
ともだちにシェアしよう!