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第62話

「アルト」 もう一度声を掛けられた。 母が俺を見て手招きしていた。 赤ん坊の頃以来姿は見てもこうして会話をする事がなかった。 グランが父親役と母親役をやってくれていたが母の本物の愛情に飢えていた俺は素直に嬉しかった。 たとえ母が俺を生んだ事に後悔していても、俺にとってはたった一人の母なんだ。 部屋を出る波に逆らい、モニター前にいる母に近付いた。 母の瞳は何を見ているのか俺を見ずまっすぐと前を見ていた。 母の目線を辿るがそこには壁しかなくて何もない。 何も言わず母はモニター横にあるドアまで歩いていき俺も着いていく。 ドアは鉄製でドアノブを回し押すとギィと重い音を鳴らし開いた。 華奢な見た目の母は意外と力があるのか顔色一つ変えず開けた。 先に母が入りドア横の灯りのスイッチを押した。 暗くて見えなかった部屋が一瞬で明るく照らされた。 進む母に着いていき、この部屋が何の部屋かようやく分かった。 壁一面に大量の斧や槍、透明なケースには銃と弾丸、そして数本の剣が置いてあった。 武器を保管する場所のようだった。 初めて見た武器庫、シグナム家なら家に武器庫があっても不思議ではないが俺は今まで無縁だったから見た事がなかった。 人を傷つける事が出来、最悪命を落とすかもしれない危険な武器を見てゾッとした。 母は慣れた手つきで武器庫の奥に進み壁に埋め込まれた小さなボタンを押した。 すると床から小さな機械音がカシャカシャと聞こえると真ん中の床が開き、中から大きなショーケースが現れた。 見た事がないからくりに驚いていたら母はショーケースを開けた。 黄金に輝く俺と身長が大して変わらないほどの巨大な大砲が目の前にあった。 「…これは」 「特注品の魔法の大砲よ、普通なら武器に魔力を込めて戦うけどこの大砲は魔力を注がなくても魔法が撃てるのよ…無限にとはいかないけど」 つまり俺専用の武器という事か。 まさか両親がこんなものを用意していたなんて知らなかった。 大砲に触れるとひやりと冷たくて、俺の心も冷えていた。 ゲームで持っていたアルトの武器そのものだ、これをゲームではトーマとリンディに向けていた。 人に向けるなんて、考えただけでも怖かった。 …でも、きっと両親は許してくれないだろう…俺にも戦わせようとしている。 「アルト、貴方がシグナム家の息子だと認めるチャンスです…この武器で後ろから英雄ラグナロクを撃ちなさい」 「……お、俺が…ですか?」 母は頷かなかったがそれは否定じゃない、当然の事を言うなという冷ややかな瞳だった。 口を閉ざし武器を見つめるしか出来なかった。 俺がシグナム家の息子になるには人を殺さなくてはならない? そんなの馬鹿馬鹿しい…そう思えたら良かったのに…シグナム家では当たり前なんだ。 人が死ぬ事を何とも思っていない人達だ、きっともう狂ってしまっているのだろう。 ……トーマがシグナムの作戦を打ち砕いてくれる事を祈るが、俺の言葉が届いたのか怪しいものだ。 届いていないなら、俺がどうにかしてシグナムとラグナロクを会わせないようにしなくてはいけない。 「その武器は見た目ほど重くはないからコツを掴めばすぐに扱えるでしょう、扉を閉めますから早く出なさい」 ハッと我に返ると母はもうドアの前にいたから慌ててドアに向かう。 大きな音を立ててドアが閉められると誰もいなくなったと思った部屋には壁に寄りかかる人影が見えた。 まるで俺達を待っていたようだ、このまま隙を見て家から出ようとしていた企みがバレたようで小さくため息を吐く。 母も人影に気付き部屋を出る前に人影が母にお辞儀して母は会議室を後にした。 その場に立ち動こうとしない俺を人影が睨み付けていた。 ……出来ればガリュー先生に迎えに来てほしかったなと思いながらも渋々人影に近付く。 「何の話をしていた?」 「…同じアルトなら分かるんじゃないんですか?」 騎士さんの言葉に言いたくなくてつい反抗的になる。 全ての行動を言う義理はない、それに俺の考えを見透かされて俺の作戦の邪魔をされたくなかった。 騎士さんは俺をジッと見るだけでそれ以上深く聞かなかった。 母に着いていったからゲーム通りの事だろうと思ったからだ、実際そうだった。 そして俺は密かに確信した。 この人と俺は同じなんだ、アルト…という事ではなくプレイヤーとして… 俺はゲームをしていた、だから勿論ゲーム内容しか知らないしゲームの裏側なんて作った人しか知らないから俺はゲームに描かれていないシーンは分からない。 そして騎士さんもまた、ゲームに描かれていない内容を知らなかった。 だからさっき俺と母がしていた内容を知らない様子だった。 全て一緒ではない、むしろ俺の方がゲームに関して知ってるかもしれない。 騎士さんはゲームのアルトだと言うならアルトが登場するシーンしか知らないのだろう、でも俺はアルトが出ない場所まで知っている。 つまり、騎士さんが知らないイベントが沢山ありそれを利用すればいいのではないのか? ゲームが変わる事を嫌う騎士さんは何処までが本当か分からず手を出しにくいと考えた。 …何処までそれが通用するのか分からないが、やってみる価値はありそうだ。 「とにかく作戦までの間、部屋から出さない」 「…分かりました」 どうせ騎士さんに捕まったら出れないしと思い素直に言うと気味の悪いものを見るような目で見られた。 ……俺が素直だったら変なのか? 俺の作戦は外に出てからが本番だ、シミュレーションはちゃんとするのだろうか。 やるなら明日か、そこで抜け出せる事も考えた。 しかし今騎士さんは作戦まで出さないと言っていた。 長い廊下の俺の後ろを歩く騎士さんを見た。 逃げ出せると思うなよという棘のある視線が背中に突き刺さり早く部屋に戻りたくて自然と歩みを早めた。 「騎士さん、あの…作戦は失敗出来ないし…シミュレーションは…」 「お前には関係ない」 「だって俺も作戦に関わってるのに…」 「お前と姉はただの見張りだ、シミュレーションなんて必要ないだろ」 確かにただの見張りだったらそうかもしれない。 しかし俺は英雄ラグナロクを殺す命令もある。 そう言いかけて口を閉ざす。 そんな大役を俺だけに命令する筈はないよな、何人か同じ命令の奴がいた方が確実に殺せる。 ……そして誰も口にしなかったがきっと俺は英雄ラグナロクに攻撃された時用の盾なのかもしれない。 卑屈だって笑えればいいけど、もしそうならと思ってしまう自分が怖かった。 とりあえず、会わせなければいい…シミュレーションは期待できないから本番で頑張るしかない。 自室の前に立ち、自分から入れないから騎士さんにドアを開けてもらい中に乱暴に押し込まれた。 ドアは閉じて、また軟禁状態になった。 「騎士さん、ガリュー先生は?」 「……」 騎士さんはもう俺と会話をしたくないのか口を閉ざし窓の横に置いてある椅子に座った。 ガリュー先生にゼロの魔法使いの事は誰にも言うなと言っていた。 騎士さんは勿論ゲームに出てこないゼロの魔法使いの事を知らないだろう。 知ったらどう思うだろう… この力がトーマの役に立つと知ったら… 床に寝転がりそんな事を考えながら手のひらを見つめていた。

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