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第69話
なにが起きたか分からなかった。
トーマは気絶していただけだったのか、顔色が悪そうに見えない。
それは良かったと思う。
でも英雄ラグナロクの言葉に気付いた。
トーマの目ってこんなに深い赤い色をしていただろうか。
トーマも気付いていなかったのか「は?」と短く口にした。
今は目の事より、この状況をどうにかしないといけない。
トーマがどのくらい知ってるのか分からない、けど英雄ラグナロクを少しでも疑っているからここにいる…そう思った。
俺は力を振り絞りトーマに叫んだ。
「トーマ!君のお父さんはっ!!」
「…分かってる、だから大丈夫だ」
トーマは俺を見て安心させるように微笑んだ。
それが気に入らなかったのか英雄ラグナロクは俺に剣を向けた。
トーマと英雄ラグナロクの間に緊張が走る。
立ってはいるがもしかしてトーマ、魔力がないのかもしれない…トーマから魔力を感じない。
だとしたら俺が補給してあげなくては…キスを嫌がるとかそんな事今気にしていられない。
英雄ラグナロクはトーマを見ている、剣を向けられているが隙を見てトーマのところに行ければ…
「…アルトから離れろと言った筈だが?」
「トーマ、お前…なんだその禍々しい瞳は…#真竜__しんりゅう__#と同じではないか」
真竜?何処かで聞いた事がある、ゲームの中だったっけ…思い出せ。
トーマは真竜を知らないみたいで何を言ってるんだと言いたげな顔でため息を吐いた。
あ、真竜……思い出した。
トーマメインのゲームに少しそんな話が出てきたのを思い出す。
契約の魔法使いの神話だった筈だ。
ーーー
初めて契約の魔法使いが現れたのは100年前、意外と最近の出来事だった。
初めての契約の魔法使いは小さな少女だった。
当時は契約の魔法使いの存在を知らなくて、魔力が弱い少女を周りはいじめていた。
満足に力を出せない少女は落ちこぼれと言われ家族にも見放されていた。
そんな少女の唯一の癒しの空間は森の中だった。
少女が森の中で人知れず泣いていたら、大きな地響きと共になにかが近付いてくる足音が聞こえた。
泣き腫らした顔でそのなにかを怯えもせず見つめていた。
現れたのは体の大きな真っ黒な竜だった。
グルル…と低く唸る声に睨みをきかす目、大人でも恐怖して逃げ出すような怖さを持っていた。
しかし、少女は逃げなかった。
……その寂しそうな真紅色の瞳に囚われた。
竜は逃げないどころか近付いてくる少女に興味を持った。
友人になるのに時間は掛からなかった。
魔力がない少女と人の言葉を喋る不思議な竜。
少女の悩みを黙って聞いてアドバイスをする、それが日常になっていった。
それまで村に居てもいじめられていた少女は少しずつ笑うようになった。
周りも多少バカにする事はあっても遠回しに少女を見るだけになった。
そんなある日少女は信じられない事を聞いた。
森の中で竜が暴れていると…
森の中の竜といえば彼しかいない、少女は大人が止める手を振り切り慌てて森の中に入った。
大人達の言うとおり竜は木々を倒し、口から火を吹き暴れていた。
あの優しかった竜とは別人のように思えた。
何度も声を掛けても返事がない、綺麗だった真紅色の瞳も濁っていた。
ふと竜の背中を見ると、棒のようなものがくっついていた。
あれは吹き矢か……
竜は吹き矢の毒で苦しんでいるのではないか、そう少女は思った。
肌に焼きつく火の粉を払いながら竜の前に立った。
あの優しい竜に戻ってほしい、少女は一筋の涙を流した。
竜に振り払われる事を覚悟で抱き締めた。
最悪自殺行為だと分かっている、だけど少女は竜を離さなかった。
竜にキスをした、それはとても美しく悲しい愛の口付けだった。
すると少女と竜の足元に魔法陣が現れた。
赤い、竜の綺麗な瞳と同じ色の魔法陣だ。
竜は今まで暴れていたのが嘘のようにピタリと動きを止めた。
少女は竜の顔を覗き込むと濁っていた真紅色の瞳が綺麗に赤く色付いていた。
そして竜は少女に言った。
「こんな暖かく力が溢れるのは初めてだ」
パキッと背中に刺さった吹き矢は折れた。
少女は自分の本当の力を知った、キスで人を救えると…
契約の魔法使いと初めて契約した竜を少女は真竜と名付けた。
少女にとって彼は真の竜だった。
それから少女は森を救った英雄と言われ、契約の魔法使いはいろんな人と契約をして凶悪な竜を倒しこの世界を救ったという。
竜に吹き矢を刺したのは何者か分からない、知っていたであろう真竜は少女と仲間達により殺されてしまったから……
ーーー
真竜の悲しい話はこうだった。
英雄ラグナロクの禍々しい真竜と言う言葉からして、もしかしたら神話に優しい真竜は出てこないで凶悪な真竜しか出てこないのかもしれない。
ゲームをしていた俺だけが、知っている物語…いや、トーマがリンディの力の秘密を知るために調べたら出てきた話だから今は分からないだろうけどトーマはいずれ知るだろう。
何故少女はあんなに大切だった真竜を忘れてしまったのか。
何故真竜は悪に染まったのか分からない、ゲームでは語られなかったが…いつか俺が知る時がくればいいな。
でもなんでトーマは真竜の瞳をしているのだろうか……真竜の末裔?いや、トーマは人間だからあり得ないか。
ゲームではそんな話は一切なかった、そもそもトーマの目が変わるシーンなんてなかった。
……この場に俺達が揃うのもなかったからきっとこの先は俺でも分からなかった。
「真竜ってなんだか知らないが、そんな事よりアルトから離れろ」
「父親を殺すのか?殺せるのか?」
「……アルトに危害を加えるなら」
「だっ、ダメだよトーマ!!」
俺は慌ててトーマに叫ぶ。
トーマに家族を殺してほしくない、そんな事をしたらきっとトーマが永遠に親殺しを背負って生きなきゃいけなくなる。
……そんなの、辛すぎるよ。
それにどんなに凶悪犯でもちゃんと罪を償わなくてはならない、一生掛かっても…それだけの事はしたんだ。
いつか俺は、父と同じ事になるだろう。
俺達は正しい道を歩かなくてはいけない、道を踏み間違えちゃだめなんだ。
その先に絶対に幸せがあるって…そう信じてる。
「トーマ、ちゃんと罪を償わせなきゃ…悪い事をしたら」
「…姫」
腕に力を込める。
俺とトーマは見つめあった。
捕まえよう、二人で……無言だったが通じ合えた。
英雄ラグナロクはずっとトーマを見ていた目線をこちらに向けた。
その瞳は怒りに満ちていた。
高々に剣を振り上げるのが見えた。
「甘い、甘すぎて反吐が出る!憎しみに囚われてこそ強い魔法使いになると言うのに!」
風を切る音と共に剣が振り下ろされた。
トーマが俺に駆け寄る前に剣が地面に突き刺さった。
俺は腕の力をバネにして転がるように英雄ラグナロクの剣から逃れて急いで立ち上がる。
俺が向かうのはトーマのところだけ……
英雄ラグナロクが剣を引き抜くのに少し苦戦していたのはきっと神様が与えてくれた幸福だった。
トーマに飛び付くように首に腕を回すときつく抱き締めてくれた。
……久々に感じたトーマの温もり…俺の…ゲームの運命をトーマに託すよ。
どちらが先だったのか、甘くとろける口付けをした。
足元に黄色い魔法陣が現れた。
英雄ラグナロクは剣を引き抜き、驚いた顔でこちらを見ていた。
長いようで短かったキスは終わり、名残惜しい顔をしながら唇を離した。
英雄ラグナロクは魔法陣が消えたと同時に我に返り、ニヤニヤと笑った。
「まさかソイツは契約の魔法使いなのか?力を付けてお前はやはり俺を殺そうとしているんだな」
「…殺さない、俺は魔法を使わない…この大剣でアンタの英雄の肩書きをぶち壊す」
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