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第68話※トーマ視点
「トーマは昔から反発していたが、弱くはなかった…何も失うものがなかったからね……でも魔法学園に通ってトーマは変わってしまった」
ノエルの頬に剣を向けて軽く切りつける。
すぐには殺さずじわじわと苦しめる。
ノエルを助けに行きたいが足が動かない。
眠気もあり起きてるだけで精一杯だった。
ノエルは全身が痛みで蝕まれているが抵抗しようと腰に手を向けて銃を取ろうとした。
しかしそれを見逃すわけがなく、魔剣によって腕を刺された。
顔を歪めて痛みに堪えていた。
腕から血がどくどくと溢れてくる。
「トーマはたまに実家に帰ってきても、訓練もせずアイツと話してばかりになった…昔は言う事を聞くいい子だったのに」
違う、言う事を素直に聞いていたわけではない。
父に逆らうと暴力を振るわれた…だから無力な子供は力で従わされていただけだ。
アイツとは母の事だろう、俺は学園が長期休みの時実家に帰っても母としか話さなかった。
父とは関わりたくなかったからだ。
そして力を使えるようになった俺は次第に父の言う事を聞かなくなった。
騎士団の件はリンディを人質に取られたから仕方なく従っただけだ。
実家に帰っても学園で魔力以外の訓練をしてるから俺には必要ないと思った。
だけど父は俺に魔力を使わせたがった。
人を傷付けるだけの魔力なんて、俺は使いたくない。
だからいつも母の後ろに隠れて逃げていた。
母にはいろいろ話した、ノエルの事と姫の事…
嬉しそうに母は聞いてくれていた。
それだけで俺は十分幸せだった。
……しかし父はそうではなかった。
ノエルを切りつけながら低い声で唸っていた。
「愛だの友情だの口にするようになった、トーマには必要のない感情だった…弱くするだけの下らない感情…君がトーマに与えたのか?」
「……弱くなるだけじゃなくて、人を強くする感情だと思うけど?…ぐぁっ」
ノエルは喋るのも辛い筈なのに父に言い返した。
それが気に入らなかったのか父はノエルの肩を刺した。
このままだとノエルが死んでしまう…俺は最大限の力を振り絞り父に向かって走った。
しかし父は全て分かっていたのか、俺が父に到着する前に魔剣を向けられた。
僅かに残っていた魔力を全て吸われ気絶するように頭が真っ白になった。
こんなところで寝たら、起きた時には全てを失っているだろう。
…寝ちゃダメだ、父を…捕まえない…と…
俺の意思とは裏腹に体が地面に沈んでいく。
周りが真っ暗な闇に覆われた。
あれからどうなったんだ?父は?ノエルは?
分からない……俺は、どうなったんだ?
死んだのか?
暗すぎて自分の手も見えない。
でも、確かに立っている…俺はここにいる。
足があるなら進める、一歩一歩進む。
本当に進んでいるのか背景が変わらないから分からない。
でも、進んでいる事を信じよう。
するとカチカチという音が聞こえた。
足を止めて周りを見る。
何処から音がするのか目を瞑り耳をすます。
左の方から音がすると左を歩く。
本当にまっすぐ左を歩いてるのか不安になるが音がだんだん近付いているから進んでいるのだろう。
すると光がぽつんと見えた。
やっと暗闇から解放されると思い、小走りで近付く。
間近でカチカチと音が聞こえる。
フードを被った子供が見た事がない機械を動かしていた。
あの光は見た事がない機械の画面から漏れている光だったようだ。
「…あー、くそっ…どうして上手くいかないんだろ」
「………おい」
機械を動かすのに夢中で背後に俺がいる事に気付いていないようだ。
声を掛けるが振り向きもしない、完全に無視だ。
なにをしているのか、暗闇でそんな事をしていたら目が悪くなるだろと思いながらも画面が気になり覗いた。
そして目を見開き驚いた。
画面には俺がいた。
…いや、正確には俺に似た絵だろうか。
なんだ?何をしている?コイツは誰だ?
「やっぱりこのゲーム壊れてる…会社にクレーム入れないと」
ブツブツそんな事を言い片手を横に置くといつの間にかそこには通信機に似たようなものが現れた。
誰かに連絡するのか?そもそも電波が通るのか?
ボタンを押して耳に当てている。
俺はどうしたらいいのか分からず、やっと見つけた真っ暗じゃない色のついた場所から離れたくなくてジッとして待っていた。
繋がったのか「もしもし」と話し出す。
最初は穏便に世間話なんかしていたが、だんだん声のトーンが落ちていく。
「それでですね、この『口付けの契約』なんですが…どうしてもハッピーエンドにならないんですよ…どうやってもアルトが死んじゃって…アルトルートって本当にあるんですかね?」
「アルト!?」
思いもしなかった名前が出て、食い入るように身を乗り出したらフードの子供に頭を叩かれた。
痛くはないが不機嫌な顔になる。
姫の名前を言うって事は姫の知り合いなのか?
でも子供が口にしている言葉に聞き覚えがなくて理解出来なかった。
フラグとかルートとか攻略とか、よく分からない。
突然子供は声を荒げて驚いた。
「アルトルートは開発中!?何それあり得ない!!じゃあ早く作ってよ!これじゃあ転生の意味ないじゃん!」
いきなり怒り出した、なんだ?どうかしたのか?
子供が通信機の相手と言い合いをしているのを横目で見ながら子供がさっきまで動かしていた機械を手に取る。
やはり自分に似ているし、吹き出しの上にトーマと書かれているから俺の似顔絵?
でもなんでこんな…
ポチポチとボタンを押す。
すると文字が変わり話が進んでいた。
画面のトーマはリンディに愛を囁き、シグナム家は崩壊した。
幸せそうに笑う絵に悪寒が走った。
……何故、画面の中の俺は笑っているんだ?
シグナム家が崩壊したなら姫…アルトは?どうなった?
さっきこの子供は死んだと言わなかったか?
これは現実じゃない、そう頭では思うが機械を地面に落として頭を抱える。
……そうだ、このまま此処にいたら姫が危ない!
ノエルも早く手当てしないと……
子供を放っておき何処に向かうでもなく走った。
戻らなきゃ、俺がいるべき場所に…守らなきゃ…俺の大切な人達を…
『トーマは人間で!貴方の息子だけど貴方のものじゃない!トーマにもちゃんと意志がある!』
ふと姫の声が聞こえて光の球体が見えた。
さっきの光とは違う、君のような暖かい光だ。
手を伸ばすと暗闇だった周りは白くなる。
やっと俺の手が見えた。
後ろからあの子供の声がした。
あれは誰だったのか、分からないけど…きっと知るのはずっと先の事だろうと何となく思った。
『アルトって可哀想なキャラだよね、ずっと孤独で最後まで利用されて死んで…だから僕はアルトを幸せにするお手伝いをしたんだ、ルートを作るのは君だよ…トーマ』
ーーー
目を覚まして目の前に見えた光景に驚いた。
父が姫に向かって魔剣を向けていた。
俺は魔力がない筈なのに、姫を助けたいという想いが立ち上がらせた。
大剣を向ける。
…コイツはもう父ではない、捕縛対象の犯罪者だ。
犯罪者はこちらを見ずにため息を吐いた。
「……はぁ、父親に剣を向けるなんて…本当にどうしようもない愚息だ」
「アルトから離れろ、クソ野郎」
「お前になにが出来る?魔力もないのに、立ってるのがやっとなくせに…」
確かにそうだ、いや…正確にはそうだった。
今の俺は何故か目が冴えていた、眠気はない。
不思議と…今なら何でも出来そうな気がしてきた。
父はこちらを振り返り、そして驚いた顔をしていた。
なんだ?鏡を見ていないから自分の顔になにかがあるのかと眉を寄せた。
何故父は怯えた顔をしているんだ?
「…お前、その瞳…」
「は?」
俺は自分では違和感なくて気付かなかった、瞳が真紅色になっている事に…
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