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第75話※トーマ視点

「様子はどうだ」 「いえ、まだ…ずっと国のためと言い張っております」 重いため息を吐いた。 もう5時間、尋問していたが全く情報が得られない。 英雄ラグナロクを捕まえて、誰に国の情報を渡したのか…何故英雄と呼ばれた方が悪に手を染めてしまったのか問い質していたが、何も答えない。 時々周りを見渡して怯えた瞳を見せるのが気になった。 なにかを恐れているのか、何を? 英雄ラグナロクが情報を漏らさないか依頼者が見張っているという事か。 俺は身内だからと気を使われて尋問に参加はしていない。 俺自身聞きたい事は山ほどあったが部屋に入れてくれないから報告を聞くだけだ。 父は…死刑は免れないだろう、多くの国民の命を危険に晒した…当然だろう。 今、母は一人だ…父が死んだらずっと……それが心配だった。 父が捕まった事はもう知っているだろう、家に騎士達が向かい少しでも情報を手に入れようと資料などを持ち出していた。 父が自分から口を開かないと何も始まらない。 俺はフェランド王国に情報を売り渡したと考えている。 証拠はないが可能性は十分にあった。 そして情報を売った理由も… でもまだそれは誰にも言わない、確証がないのに俺の考えだけで言ったら先入観を持たれてもし違う真実だとしたらその真実にたどり着けない危険性がある。 この話をするのはノエルだけにしている、アイツなら話し半分で聞いてくれるから楽だ。 俺個人でも調べよう、父に聞きたかった真実…そして何かしら関わりがありそうなシグナム家について… 早く姫を迎えにいかなくては…その思いでいっぱいだった。 ノエルは傷が酷かったけど、無意識に自分で治癒魔法を体から放出していたみたいで半分は治っていた。 今は自室で安静にしている。 しかし、治癒魔法を放出するほどの魔力が残っていたなんて驚きだ。 普通なら体力の消耗と同時に魔力も減っていくのに…… 体は今のところ大丈夫だが、精神面で少し心配していた。 ずっと窓を眺めてボーッとしたかと思ったら「天使が俺を助けてくれた」とか言っている。 あの場には俺達しかいなかったのに何を言っているんだ、頭を変に打ったのか? 姫は俺にとって天使みたいだが、ノエルは女好きだし……ないよな? 俺は一度母のところに行こうと思った。 もう騎士団の奴らは家に残ってない筈だ。 母に俺の口から詳しく話す義務がある、そう思った。 あんなろくでもない父でも母が愛した男だ、捕まえた俺が責められても文句は言わないし覚悟もしていた。 実家に帰ってきた時とは別の緊張感が襲う。 家のチャイムを押す、いつもより重い気がしたがきっとそれは俺の心なのだろう。 すぐには出ず、少し待つと中から物音がして扉が開いた。 そこにはいつもより少しやつれた母がいた。 また騎士団が訪ねてきたと思ったのか俺の顔を見てホッと頬を緩ませた。 俺も騎士団だから複雑な気持ちで母に家に招かれた。 「ごめんね、買い物行ってないから何も出せなくて」 「…それはいい、母さん…ちゃんと食べてるか?」 数時間前の出来事なのに母は何も食べていないような顔色の悪さをしている。 ストレスだろうか、俺が心配すると「大丈夫よ」と笑った。 心が痛む、俺が真実を話したらまた母はストレスを抱え込むのではないかと… このまま言わずに帰ってもいいのか、いや…母には聞く権利がある…でも、耳を塞ぎたくなる話かもしれない。 家に来た騎士団は父が反逆者で捕まり、証拠を渡してほしいという簡単な説明しかしていないから何も知らない母はとても戸惑っただろう。 でも俺が実家に帰ってきたタイミングと合っていたから俺もその件で帰ってきたから俺が関わっていると知っているのだろう。 母は難しい顔をしてソファーに座っている俺の横に座った。 「お父さん、捕まえたの…トーマ?」 「…っ、あぁ…」 「そう、良かった…」 小さく消え入りそうな声で母はそう言った。 驚いて母を見ると儚い顔で笑っていた。 その目元にはうっすらと涙が見えていた。 そんな母を見ていられず抱き締めた。 母は子供の頃にしてくれたように俺の背中をポンポンと優しく叩いた。 母は泣いているのか、震える声でポツポツと話した。 「母さん、知ってたのよ…お父さんが何をしてお金を手に入れたか」 「…母さん」 「母さんも悪いの、知っていて止められなかった…この国のため…この国を守るため…そうお父さんは口癖のように言っていたわ」 「……」 「他国にこの王都の大切な情報をお金で売る事の何処が国のためになるの?と思っていたけど、お父さんに捨てられたら女手一つでトーマを育てる自信がなかったの」 母は長年苦しんでいたんだ、俺のために今まで我慢していたんだ。 俺は何も知らなかった…知ろうとしなかった。 母に何度もごめんと謝った、母は笑って「もういいのよ」と言ってくれた。 きっと俺が魔法学園を卒業した時には俺は父により逃げられない立場に追い込まれていた。 父は俺のところに来る前から俺を騎士団に入れようと裏でいろいろと動いていたみたいだし… 母は俺が心配で自立しても父の言いなりになり別れられなかったのだろう。 「ごめんねトーマ、辛い思いをさせて」 「…俺は辛くない、父でも英雄でも国を脅かす反逆者は捕らえるのが俺の仕事だ」 「うん、他の誰でもない…トーマが捕まえてくれてありがとう」 その言葉が胸に響いた。 母さんは俺が思っているより強い人だ、そう思った。

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