76 / 104
第76話※トーマ視点
母を心配する俺に「そんなに柔じゃないわよ」と言うがやつれた顔で言われても説得力がない。
時々様子を見に来ると言ったが母はこの問題を早く解決したくてそれに専念しなさいと言われた。
母の望みは平和な国で静かに過ごす事、母だけじゃなく国民の願いでもある。
俺がそれを叶える、その後母に会いに来ても遅くはないだろう。
もうこの家には何もないだろうと思いソファーから立ち上がった。
しかしそれを母は止めた。
「トーマはそこにいなさい、渡したいものがあるのよ」
そう言い母はリビングを出ていった。
渡したいもの?なんだ?父に関しての資料は全て持って行った筈だが…
そして母が戻ってきた、その母の手には大きな封筒があった。
この封筒は見覚えがあった。
そうだ、父が他国に売ろうとした情報が入っている紙だ。
そういえば家を出る時に握られていた封筒はいつの間にか消えていた。
それがまさかこんなところにあるなんて驚いた。
…転送魔法か、俺に奪われる前に家に封筒を転送したのか。
「昨晩お父さんは言ってたわ、この封筒が家のリビングに届いたら中身を見ずに燃やせと」
母は父の言いなりだった、だから父が見ていないところでも中身を確認したら燃やすだろう。
父は母も人形にしていたから、証拠隠滅の手伝いをすると自信があったのだろう。
でも今、母の手には封筒が握られている。
母自身でなにかが起こってると思ったから燃やさなかったのだろう。
燃やしたら取り返しのつかない事になる、母はそれが怖かったように思える。
でも何故大事な資料がここにまだあるのか、騎士団が来た時に渡さなかったのか?
「母さん、騎士団の人に見せたのか?」
「…いいえ、封筒は母さんの部屋に置いていたから」
「何故?届けてくれれば早くにいろんな事が分かったかもしれないのに…」
「………トーマ、貴方何も知らないの?」
母が驚いた顔をしてこちらを見る。
どういう事だ?知らない?何を?
嫌な予感がする、出来れば当たってほしくない嫌な予感。
俺は家から持ち出した資料を一度も見ていない。
見たいと言った事はあったが担当だと言う騎士に「資料が多くて読みやすいように整理してからお見せします」と言われて仕方なく従った。
俺は、なにか勘違いしていたのか?
「騎士団の制服を着た人達は来たわ、顔も知っていたから間違いないわ…お父さんの元部下の人だったから」
「……元、部下?」
「お父さんの部屋の鍵を乱暴に壊して入っていったから気になって中を覗いたの…そしたらお父さんの部屋にあった資料を全て燃やしていたわ」
「っ!?」
燃やした、まさか証拠を消した?
外に持ち出してから証拠隠滅をすると誰か騎士にバレたり途中で何者かに資料を奪われる事を恐れて部屋の中でやったのか。
母は父に服従していた、だから母に見られても他には言わないと思っていたのか。
……確かに母は息子の俺じゃなかったら誰にも言わないだろう。
じゃあもしかして父の言っていた「騎士団を自由に操れる」というのは俺が騎士団長だけではなく、騎士団の中に父の味方がいるという意味だった。
後悔しても遅い、気付かなかった…父の部下は多かった…一人一人の顔は覚えていなかった。
母は渡さなくて正解だったんだ、渡していたらすぐに燃やされていただろう。
唯一残った資料を母から受け取った。
俺が尋問に参加させなかったのは、不都合があったからか。
……ヤバいかもしれない、早く…早く戻らなくては…
「母さん、俺…もう行くから」
「えぇ…気を付けてね」
「…………ありがとう、証拠を守ってくれて」
背中を向けていたから母の顔は分からないが、きっと笑ってるように感じた。
俺は絶対に無駄にはしない、この手がかりから全てを繋げる。
そのためには早く城の父が尋問されている部屋に行かなくては行けない。
家を出て城に向かって走った。
すると向かい側から慌てて走ってくるリカルドが見えた。
それだけで分かってしまい眉を寄せる。
「トーマ様!大変です!英雄様が何処にもいないんです!」
全ては父…反逆者を逃がすために俺や俺の部下達を遠ざけていたんだ。
騎士団とは誇り高き国の軍人だと、そう思っていた。
実際はこんなに薄汚れた欲まみれの存在なんだと思った。
なにが騎士団長だ、部下の言葉を信じて任せっきりにしてしまった俺の過ちだ。
反逆者は今何処にいる?もう城にはいないだろう。
ならばフェランド王国に亡命か?…だとしたら、もう追えない。
他国に王都の軍人が向かうとそこが敵国だとしたら即戦争の火種になる。
俺の顔は知られてるから変装しても魔力で分かってしまうし、他の部下達に危険な事を任せるわけにはいかない。
「…どうしますか?トーマ様」
「とりあえず城内はパニックだろうからそれを鎮めに行く、リカルドはこれをノエルに渡してくれ…誰にもバレないように服の下に隠して…絶対にノエル以外に渡すな」
「は、はい!」
リカルドは姫の味方だ、信用出来る。
ノエルに届ける事が出来ればなにか調べてくれる筈だ。
リカルドは寄宿舎に向かい、俺は城に向かった。
自分の部下にまで疑心暗鬼になってはいけない、そう思うのに上手く感情がコントロール出来ない。
自分まで、本当に国のために働いているのかと疑問に思いながら騒がしくばたつく城内に入った。
ともだちにシェアしよう!