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第85話

息が上がり足が痛くなる。 胸が苦しいが考えないようにして走り続ける。 切れ味のいい草に当たり足が傷付き血が流れる。 早く、早く行かなくてはトーマが大変な事になる。 騎士さんがトーマに俺を殺してもらうまで殺さない事は分かっているが…傷付けないとは限らない。 誰かを呼びに行かなきゃと突進するように森を抜けた。 足がもたつき転けてしまった。 こんな事をしてる暇はない、腕に力を入れてぐっと立ち上がろうとする。 転けた時に足を捻ったのか激痛が襲う。 顔をしかめながらも立ち上がる事を止めない。 悔しかった、トーマと戦う事が出来ない足手まといの俺が… 涙が溢れてくる、強くなりたい…トーマを守れる強さを俺はほしい! ずるずると這いつくばり街の中に入る。 寄宿舎まで遠い、この体制じゃ日が暮れてしまう。 「おわっ!!」 「…っ」 這いつくばっていたからか誰かに蹴られた。 もし俺をよく思ってない人だったら絶望的だろう。 こんな絶好のチャンスはそうそうない、殺されてしまう。 怖くて顔が見れない、ただの国民だったらいいが… 相手は俺を見て驚いた顔をしていた、やはり俺を知ってる奴か。 そして頭の上から「……坊っちゃん?」と声が聞こえた聞こえた。 俺はすぐに上を見た。 俺をそう呼ぶのはシグナム家の中でもたった一人だけた。 そして心配げに俺を見る瞳に安堵した。 「が、ガリュー先生…」 「坊っちゃん!どうしたんだ!?こんなところで、それにその怪我…」 ガリュー先生は手に持っていた紙袋を地面に置いた。 ガリュー先生の事だから薬の材料を買い出しに出掛けていたのかもしれない。 そしてすぐに俺の足に暖かい手が触れて傷口を塞ぐ。 ガリュー先生の魔法はとても安心できる、身も心も落ち着いてきた。 足の痛みがなくなり俺はすぐに立ち上がった。 再び走り出そうとする俺を慌ててガリュー先生が腕を掴んで止めた。 「ど、何処に行くつもりなんだ!?作戦になにかあったのか?」 「ごめんなさいガリュー先生、でも今は説明してる暇はないんです!寄宿舎に行かないと…」 「き、寄宿舎って…そっちの方向には騎士団の…」 「会わなきゃいけないんです、グランに…」 グランの名前を出すとガリュー先生は明らかに顔色を変えた。 俺の騎士団の知り合いはトーマを除きグランとリカルドだ。 英雄ラグナロクとノエルを運ぶならリカルドよりグランの方が力は強い。 それにグランならシグナム家に詳しいから今の状況にも理解しやすいと考えた。 ガリュー先生が俺を掴む腕が強まった。 俺はガリュー先生を見て目を見開いた。 ……ガリュー先生、怒ってる? 「何故、シグナム家を裏切った男に用があるんだ?…ちゃんと俺にも分かるように説明してくれ」 「ごめん、なさい…ガリュー先生…いつも俺を守ってくれたのに……俺ももうシグナム家には帰りません」 トーマは俺を抱き止めてくれた、トーマの傍が俺の居場所だとあの時そう感じた。 その時、不思議な現象が起きた。 俺がシグナム家に利用されて死んでしまう映像が脳内を駆け巡っていた。 あれが何なのか分からない、トーマがあんなに必死に俺を逃がしたのとなにか関係あるのだろうか。 そしてその映像にはガリュー先生がいた。 ガリュー先生はとても辛そうな顔をして俺に薬を飲ませていた。 そのガリュー先生の顔と今の顔が重なる。 俺は生きているからあれは事実でない筈なのに、なんだか悲しく思えた。 俺はシグナム家に帰ってはいけない、帰ったらあの映像が現実になるぞと脅されている感じがした。 ガリュー先生は固まっていた。 そうだろう、正面から裏切りますなんて言ったらそうなるだろう。 緩んだガリュー先生の腕を掴み離した。 そしてガリュー先生にお別れを言わずに走り去ろうとした。 お別れを言ったらきっとガリュー先生に対して未練が残ってしまう、そんな気がした。 「っ!?ガリュー先生!離して下さい!俺には時間がっ!!」 「離さない!!坊っちゃんはまだ世間知らずで怪我もしてくるし、迷子になるんだから!!」 「俺は子供じゃ…」 そして後ろを振り返った。 ガリュー先生は泣きそうな顔をして俺を見ていた。 「坊っちゃんは子供だ…」と小さな声でそう言った。 ガリュー先生は後ろから俺を抱き締めた、その手がとても優しく振り払うのをためらった。 もうシグナム家に戻らない事は揺るがない。 でも俺は…ガリュー先生をシグナム家から助けたいとそう思った。 ガリュー先生は直接シグナム家の悪事には関わっていない、しかし父が捕まればシグナム家の使用人ごと全て捕まる。 直接関わりがあるものとないもの関係なく… 「ガリュー先生、俺と一緒に…来てくれませんか?」 「……え」 「俺はシグナム家の人達に罪を償ってもらいたい、だから騎士団に協力します…ガリュー先生は直接関わっていないけど、シグナム家が捕まったらガリュー先生も…」 「で、でも…そんな事」 「俺とトーマ…それに優秀な騎士団の人達なら、必ず出来ます…この国を守るために戦います」 「…子供のままだったのは俺だったんだな」 ガリュー先生の言葉はよく分からなかったが俺を抱き締めていた腕を離した。 いつものガリュー先生の顔になり頭を撫でていた。 「大きくなったな、坊っちゃん……いや、アルト様」と少し寂しそうな顔をしていた。 そして俺の前に立った。 これからガリュー先生はどうするのか気になった。 俺の味方になってくれるのだろうか、はっきりと答えてないから分からない。 「アルト様、アルト様には他にやるべき事があるんじゃないのか?」 「…でも」 「グランは俺に任せてよ、伝言は?」 これは協力してくれる、そう思っていいのだろうか。 俺はグランへの伝言を頼んで、トーマがいる場所に戻るために走った。 ガリュー先生はグランと同じくらい信頼している…だから大丈夫だとそう思った。

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