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第95話

トーマに似たなにかは悲しげな瞳でこちらを見ていた。 涙も頬から流れてるように感じた。 とても悲しく、虚しく、寂しく感じた。 俺は彼から目を逸らせなかった。 いや、逸らしてはいけないと思っただって彼は… 俺が口にした言葉は音にならなかった。 でも、彼に伝わったような気がした。 だって、少し寂しさが和らいだような気がしたから…気がしただけだから真意は分からないけど… トーマに似たなにかは剣を振り上げるのを止めた。 だらりと腕を下げててこちらに近付く。 俺はきっと受け入れる必要があるのだと… もう一度口にした言葉は脳内に響くほど深く強く響いた。 「しん、りゅう」 暖かな温もりに包まれて気がついたら抱きしめられていた。 彼は、真竜…トーマの力だ。 トーマが受け入れやすいように、俺も真竜の力を少し受け入れる。 ゼロの魔法使いにしか出来ない事を今やるべきだ。 腹に少し違和感を覚えた。 痛みではない、じんわりとした暖かな感じだ。 不快ではない、むしろ心地いい。 真竜に刺されても全く恐怖を感じなかった。 「トーマは、何処ですか?」 「………」 何も答えない、トーマの力なら当然トーマの居場所を知っていると思っていたのに… 真竜はまるで霧のように俺の体をすり抜けて消えた。 腹を撫でても痛みはなく、服をめくっても傷はなかった。 俺は真竜の力を受け入れられたのだろうか、変わった様子は特になかった。 トーマの場所に行こう、そう思って何もない空間を歩き出した。 さっきと風景は全く変わらないのに不思議だ、ちゃんと進んでいるように感じた。 しばらく歩くと真っ白な空間に違和感があるものが見えた。 ダークブラウンの木製で出来たドアがぽつんと佇んでいた。 ここが出口なのだろうか。 入って大丈夫か不安だったが他を探しても他の出口が見つかる保証はない。 それに、早くトーマに会いたい…その想いが俺を行動させた。 丸みがある銀色のドアノブを掴みゆっくりと捻る。 ガチャと無機質な金属音が聞こえて大きな音を立てて開く。 そして驚いたのはドアの先にあった空間だ。 今度は真っ暗な空間がそこにあり、俺を呑み込もうとしているように感じた。 また無限ループかと落ち込むが、この先にトーマがいないとは限らない。 数歩歩き、後ろからドアが閉まる音が聞こえたのを引き金にして歩き始めた。 周りを見てもやはり真っ暗で気が可笑しくなりそうだ。 白い空間と違い、怖く感じて少々歩みを早める。 「トーマ!トーマ!」 トーマがこの空間に居れば聞こえるかもしれない。 だから出来るだけ大声で叫んだ。 喉が痛くなっても叫び続けた。 自然と瞳から涙が溢れてくる、このままトーマに会えなくなったらどうしよう…何もない暗闇の世界で不安で不安で変になりそうだった。 そもそもトーマは本当にこの空間にいるのか?真竜が現れたからトーマもいるとそう思い込んでいただけではないのか? もしかしたら探してない場所があって白い空間にいたのかもしれない。 空間はまるで宇宙のように広い、探すには相当の根性が必要だろう。 目を閉じて、その場に座り込む。 トーマ…俺はここだよ、トーマは何処にいるの? 静かな空間に微かに音が聞こえた。 俺を安心させる…あの声は… 「……トーマ?」 目を開くと何もない、でも確かにそこにトーマを感じた。 俺は立ち上がり、声がしたであろう方向に向かって走った。 どっちの方向か分からない空間を無我夢中で走った。 大丈夫、きっとそこにトーマはいる…そう言い聞かせながら走り続けた。 やがて何もなかった空間に一筋の光が見えた。 俺は速度を落としてそこに向かって歩いた。 「だから!アルトを探しに行かなきゃいけないって言ってるだろ!」 「待ってればいいじゃん、行き違いになったらどうするの?」 トーマが誰かと会話をしている声が聞こえた。 光が周りを照らし、その姿をはっきりと俺に見せた。 俺は声をかける前にその背中に飛びついた。 トーマは驚いた顔でこちらを見てから、それが俺だと分かると眉を寄せてた険しい顔が和らいだ。 そして俺を優しくもあり、強くもある力で抱きしめてくれた。 真竜とは似てるようで全然違う、トーマの愛しさが溢れる腕の温もりだった。 「トーマ、会いたかった」 「俺もだ、アルト」 姫呼びではない、アルトと呼んだその声を聞いて溶けてしまいそうなほどの幸せを感じだ。

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