1 / 5

第1話

高校の卒業式の日。 親友だった同級生から告白された。 『和真(かずま)、俺、お前のことが好きなんだ……』 いきなりだったから。ただびっくりして。 目を見開いて。 しばらく声が出なかった。 それを拒絶ととったのか? 『ごめん。忘れて……』 それだけ言って、彼は逃げるように俺の前から走りさった。 目が覚めて夢だと気づく。 また最近、あの光景を思い出すように、夢を見るようになった。 なぜ、彼の夢を見るのだろう? 彼の勇気に答えられなかった罪悪感だろうか? 男に好きだと告白されて。抱いた気持ちは嫌悪感じゃない。 むしろ、嬉かったのに。 戸惑いが先行して、俺は走り去る背中を見送ることしかできなかった。 それ以来、冴崎湊(さえざきみなと)とは会っていない。携帯に電話もしたけど、電話番号は変わっていて、大学も別々になった俺たちは、そのまま音信不通になった。 おっと、こうしちゃいられない。 俺は時計を見て、慌ててベッドから出る。 息子の颯斗(はやと)は、まだ爆睡中だ。明け方に一度泣いて起きたから、眠りが深いかもしれない。起こす時、またぐずりそうだと思い、俺はちょっと憂鬱になる。 どこの家庭も同じかもしれないが、朝は一分一秒を争う戦場だ。 シングルファザーとなればなおさら。 洗濯機を回し、朝ご飯を作り、ぐずる颯斗を起こし、なだめてご飯を食べさせ、着替えもさせて。洗濯物を干し、自分の支度もして。 「待って、颯斗。お母さんに出かける前の挨拶な」 「はーい」 出がけに結花(ゆか)の写真と位牌に手を合わせるのが、連城(れんじょう)家の習慣になっている。 「おかあさん、いってきます。きょうも、おそらから、みまもっててね」 颯斗を車に乗せ、保育園に送り届け、俺は自分の職場へと向かう。 三年前、妻の結花を交通事故で亡くした。 まだ一歳の颯斗をベビーカーに乗せて。散歩中の結花が、横断歩道を渡っていた所に、赤信号無視の乗用車が、無情にも突っ込んだ。 病院から連絡をもらい、慌てて職場から直行した時にはもう――。 奇跡的に無傷だった颯斗を抱きしめて。 冷たくなった結花と対面しながら、俺は泣き崩れるしかなかった。 悲しみと憤り。混乱の中、慌ただしく葬儀を終えて。悲しみに浸る間もなく、慣れない育児と家事が始まった。 あの事故で結花を失ってから、すべてが変わってしまった。 仕事が終わり、颯斗を保育園まで迎えに行って。家に帰って夕飯を作って食べ、颯斗と風呂に入って寝かしつけ、台所と乾いた洗濯物を片付けてから、泥のように眠る。 結花を失った悲しみと喪失を抱えながら、慣れない育児と家事で、日々の生活をこなすので手一杯。自分の時間なんて当然ない。これでいいのかもわからないまま疲れ果て、日常が慌ただしく過ぎていく。 時に実家の母に頼りながら、颯斗と一緒に死にものぐるいでやってきて、あっという間に三年間が過ぎ、颯斗も四歳になった。 正直、結花がいてくれたらと何度思ったかしれない。 けれど、結花が命懸けで守った命だから。 颯斗は俺に残された、たった一人の家族だから――。 そう思って懸命にやってきた。 仕事を終え、颯斗(はやと)を保育園に迎えに行く。 19時前。他所の家はだいたい18時までに迎えに来るらしく、颯斗はいつも一人で待っていることが多かった。 「良かったな~颯斗くん。パパ、迎えに来たぞ~」 この園では見慣れない保育士が、颯斗と手を繋いで廊下を歩いてくる。 細身で身長はさほど高くない。男の保育士だった。 しかも、どこかで見覚えが……。 えっ? 「……もしかして、(みなと)?」 「えっ?和真?」 お互いに気づいて目を丸くする。 まさか今朝の夢に出てきた相手が、こんな所にいるなんて。 実に十年ぶりの再会だった。 「おとうさ~ん」 颯斗が一目散に走って来て、俺に飛びついてきた。 颯斗を受けとめても、俺の目は、ほとんど湊に釘付けになっていた。 「言い遅れたけど……」 俺の近くまで来て、湊が恭しく頭を下げる。 「今日から颯斗くんの担任になりました。冴崎湊(さえざきみなと)です。 前任の小川先生が入院されたので、少し時期外れの異動になりますが、今日からよろしくお願いします」 「あ……えっと。連城和真(れんじょうかずま)です。こちらこそ、よろしくお願いします」 俺も頭を下げながら、急に胸が騒ぎ出すのをとめられなかった。 季節は四月の終わり。颯斗はこの春に進級して、年中になったばかりだった。確かにこのタイミングで担任の先生が変わるのは、異例かもしれない。 「小川先生が入院って?大丈夫なのか?」 「俺も今日来たばかりで、詳しいことは聞いてないんだ。ごめんな。あ、そうだ。和真、ちょっと時間ある?俺ももう戸締りしたらあがれるんだ。少しだけ話せないか?」 「ああ。いいよ」 「じゃあ、門の所で待ってて」 言い残して湊が奥へと消えて行く。 その後ろ姿と、十年前に俺の前から走り去った後ろ姿が重なった。 颯斗に靴を履かせ、手を繋いで門へと向かう。 「おとうさん、みなとせんせい、しってるの~?」 颯斗が俺を見上げて、首を傾げて聞いてくる。 「うん。そうだよ」 「そうなんだ~」 颯斗はやたらと嬉しそうに、きゃっきゃっと笑った。俺の手を振り切り、門まで走っていく。 戸締りを終えた湊が、足早に俺たちを追いかけてくる。 「お待たせ。俺、前にここで働いてたことあるからさ。来たばっかで、戸締りまで任されちゃって」 「保育士になってたんだな。まさか、こんな所で会うと思わなかったよ」 「ああ。小さい子が好きなんだ。教師も考えたけど、保育士の夢を諦められなかったから、大学行きながら、通信教育で資格を取ったんだ」 「すごいな」 「と言っても、ロリコンとかじゃないから安心しろよ」 いきなり湊の口調が変わって、俺は面食らう。 「誰もそんなこと……」 「俺、お前以外には言ってないから」 湊が真剣な面持ちで見つめてくる。 「だから、誰にも言わないで欲しいんだ。俺がゲイだってこと」 俺は湯船に浸かって、さっきの湊のことを思い出していた。 十年前は告白されただけで。 改めて、湊の口からゲイだと聞かされると衝撃的だった。 『再会したばかりなのに、自分の保身みたいで嫌だけど……。変な噂がたつと困るんだ。男の保育士っていうだけで、嫌がるお母さんもいるくらいだから。俺、この仕事が本当に好きなんだ。だから……』 心配しなくても、誰にも言わない。 そう約束したけれど……。 湊から告白されたことを、俺は今まで誰にも言ってなかった。結花にも話したことはない。 湊は湊なりに、悩むこともあるのかもしれない。それでも好きな仕事をしている湊を、羨ましく思った。 それに引き替え、俺は……。 「うわっ」 油断していると、お湯が飛んできて、顔に直撃する。 水鉄砲を構えた颯斗が、声を上げて楽しそうに笑った。 「お返し」 颯斗にも手ですくってお湯をかける。そのあと、颯斗の両脇を捕まえてくすぐった。 「きゃ~。やめて~」 風呂場に二人分の笑い声が響いた。

ともだちにシェアしよう!