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第4話
「俺も手伝うよ」
颯斗とひとしきり遊んだあと、湊が声をかけてくる。
湊は休みの日や仕事終わりに、時々家に遊びに来るようになっていた。
もちろん、内緒だ。颯斗にも保育園で話したりしないよう、『秘密の約束』として言い聞かせていた。
湊が颯斗と遊んでくれるだけで助かるし、家の中も明るくなった気がする。
「もう、できるからいいよ」
今日は颯斗の好きなオムライスだ。上手く包めなくて。卵が所々破れてチキンライスがのぞいてるけど、俺にしては頑張った方だ。
「じゃあ、颯斗くん、料理を運ぶの、手伝おうか」
「うん。わーい。ぼくのすきなオムライスだ~。やったぁ!」
「やったぁ!」
二人でタッチしている姿を見ていると、それだけで嬉しくなる。
三人で食卓を囲んで。笑い声が響いて。笑顔が溢れる。
湊と無邪気にじゃれる颯斗を見て癒されて。
まるで本当の家族みたいだ。
結花を失った時には、もう二度とこんな幸せな時間は来ないんじゃないかって思ってた。
穏やかで、温かくて。かけがえのない大切な時間。
それを与えてくれた湊。
ああ、好きだ。この二人を守りたい。
颯斗だけじゃなく、湊のことも。
守りたい。
俺は強く思った。
ご飯を食べた後も三人でふざけあったりして、いつの間にか寝てしまったらしい。
気づくと隣に颯斗と湊が眠っていた。
寝てる姿は、本当に文句なしに可愛い。
颯斗のぷくぷくのほっぺをつついてみる。むにゃむにゃと口が動いた。
それを見て思わずにんまりと笑う。
そのすぐ向こうには、湊が横になっていた。
俺はドキッとする。
颯斗の寝顔が可愛いのはもちろんだが。
湊の寝顔も、颯斗に負けず劣らず可愛いなんて……。反則だ。
カーペットに投げ出された湊の手。日焼けしていない綺麗な白い手だ。男にしては細く華奢な指。その形を辿るように湊の指をなぞり、その手を包み込むように軽く握ってみる。
温かい。
結花を失ってから、久しく感じたことのない温もりだった。
大人の体温。
この手をずっと繋いでいたい。手を繋ぐだけで癒される気がした。
颯斗を間に挟んで、川の字にごろ寝する。
颯斗と湊の温もりを感じながら、ああ、幸せだと思った。
もう一度、湊の寝顔に目をやる。長い睫毛。きめの細かい肌。ぷくっとした厚みのある唇。そこから零れる規則正しい寝息。
ふいに、その唇に、キスしたい衝動に駆られる。自分でもその欲望を抑えることができずに。
俺は半身を起こして身を乗り出すと、湊の唇にそっと口づけた。
驚くほど柔らかい唇の感触。角度を変えてもう一度。その感触を確かめるように深く重ねる。
湊の目がぱちっと開いた。
俺は慌てて体を引いて、その場に起き上がる。
湊もがばっと起き上がった。その顔は明らかに怒っていて、不機嫌だった。
「なんでキスするの?……和真は俺に、残酷な夢を見せるの?」
「残酷な夢?」
「俺にとっては夢みたいだよ。好きな人と好きな人の子どもと。本物の家族みたいに過ごして。俺が今までどんなに憧れても望んでも、手に入らないって思ってきたことだ。けど、残酷だ。俺の気持ちだけ、置き去りで。だから、残酷な夢だ。俺は、今でも和真のことが……!」
俺は弾かれたように固まって、湊の告白を静かに聞いていた。
颯斗がごろんと寝返りをうつ。
はっとしたように、湊が口を押さえた。
颯斗は眠りが深いのか、湊の声にも起きなかった。
俺は湊の体をそっと抱き寄せる。
「伝えなくてごめん。言わないのにキスしてごめん。好きだから。湊……俺、お前のことが、好きだから……側にいて欲しいって思ってる」
強張っていた湊の体から、力が抜けていく。抵抗しないその体を、俺はさらに強く抱きしめた。
「まだ、俺のこと、好きでいてくれてありがとう。嬉しいよ。好きって言われたのは、もう、十年も前で。今は違ってたらと思うと、怖くて言い出せなかった。臆病でごめん……」
俺の胸で、湊がひとつ、はぁっ……と深い息を吐き出した。
「俺も逃げてた。お前から。お前に好きって告白したくせに、怖くなったんだ……。あれ以来、俺は誰も好きになれなくなった。和真のことも、忘れられなくて。また出会って、好きだって思ったけど、苦しくて……」
「ごめん。もう、苦しまなくていいから」
湊の両肩を掴んで、体を引き離す。
湊の目を見て、しっかりと気持ちを伝えたかった。
「お願いだ。俺たちの家族になってくれないか?……正式な家族としては、今すぐには難しいと思うけど。家族として、もちろん、恋人としても。俺は湊に側にいて欲しいんだ」
湊がふんわりと微笑んだ。
「気持ちだけなら、もうとっくに家族になってるよ。……和真も、颯斗くんも大好きだ」
「て、つないで~」
颯斗が手を繋いでくる。
「みなとせんせいも」
湊にも反対の手を差し出す。
湊が颯斗の手を握る。颯斗がきゃっきゃっと嬉しそうな声を上げて笑った。
どちらか一方の手は繋いでも、颯斗のもう一方の手を繋ぐ人は、今まではいなかった。
湊がこうして繋いでくれれば、颯斗のもうひとつの小さな手が、置き去りにされることはない。
自分を真ん中にして、両手を繋いでくれる人がいる。それがたまらなく嬉しいんだろう。
「ぶらーんして」
俺は湊と目を見合わせる。
「行くぞ。そーれっ」
颯斗の体が宙に浮き上がる。
颯斗の笑い声が高く響き渡った。
結花の墓参りに行きたいと言い出したのは、湊だった。時期外れかもしれないけど、きちんと挨拶がしたいと言って。
家に来ると、湊はいつも結花の写真と位牌に手を合わせてくれていて。そんな湊を好ましく思っていたけれど。
6月。梅雨の曇り空。
雨上がりの雲の切れ間から、さあっと射し込むように陽が差した。
「みて!おとうさん。みなとせんせい。にじ!にじがでたよ~!」
見事なアーチを大空に描いて。
とても綺麗な虹だった。
まるで結花が俺たちを祝福して、出迎えてくれたみたいに思えた。
結花のことを決して忘れるわけじゃないけれど。
今、俺は幸せなんだ。
幸せすぎて夢みたいなんだ。
でも、すぐに儚く消えてなくなるだけじゃない。虹みたいな希望の色をした夢なんだ。
だから、俺たちを見守ってくれるよな?
「おとうさんは、みなとせんせいが、すきなの?」
颯斗がにぱ~っと満面の笑みで聞いてくる。
湊と俺たちの幸せな家族計画は、まだ始まったばかり。
「うん」
これ以上ないくらいの満たされた気持ちで。
俺は颯斗に頷いていた。
―― 完 ――
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